見もの・読みもの日記

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新しい画家を覚える/奥田元宋と日展の巨匠(山種美術館)

山種美術館 特別展『生誕110周年 奥田元宋日展の巨匠-福田平八郎から東山魁夷へ-』(2022年4月23日~7月3日)

 奥田元宋(1912-2003)の生誕110周年を記念し、元宋の活躍の舞台となった日展日本美術展覧会)の画家たちを紹介する展覧会。奥田元宋は、大作『奥入瀬(春)(秋)』を含め、8件が出陳されている。元宋らしい赤を基調とした『奥入瀬(秋)』は山種の所蔵品だが、新緑の『奥入瀬(春)』は個人蔵で寄託品なのだな。元宋が師事した児玉希望(1898-1971)という画家の名前は、初めて意識した。墨画『漁村』は、地形の不思議なかたちが雪村を思わせる。『鯛』は、青い背景、黄色い皿にのった赤い鯛を描く。泥臭いけれど気になる。

 日展は、明治40(1907)に始まる文部省美術展覧会(文展)にルーツを持つ。大正8年(1919)には帝国美術院が文部省に代わって美術展覧会を開催することになり、帝国美術展覧会(帝展)に移行したが、昭和13年(1938)に展覧会の開催所管が文部省へ戻り、新文部省美術展覧会(新文展)となる。そして、戦後の昭和21年(1946)から始まったのが、日本美術展覧会日展)である。

 本展では、キャプションに「第〇回文展」「第△回日展(特選)」など、出品展・受賞歴が記載されており、歴史年表を見るようで興味深かった。小林古径『闘草』は平安京の街角だろうか、二人の幼い少年が、持ち寄った珍しい草を比べ合う闘草(とうそう、くさあわせ)で遊んでいる。第1回文展出品だから、森鴎外夏目漱石も見ていたのではないかな。ネットで調べていたら、日比嘉高さんの「絵の様な人も交りて展覧会-文学関連資料から読む文展開設期の観衆たち-」という文章を見つけた。おもしろいので、ここに貼っておく。

 第10回文展特選の池田輝方『夕立』は六曲一双屏風。右隻は絵馬堂(?)で雨宿りする女性3人男性2人。女性たちの素足が大きめで表情豊か。左隻の隅には木戸門で肩を寄せ合う若い男女。男子は文楽人形でいう「若男」の髪型である。お染久松を思い出してドキドキした。

 第12回文展特選首席の松岡映丘『山科の宿(おとづれ)』は、藤原高藤が山科へ鷹狩に出かけ、雨宿りした家の娘との一夜の契りで子を儲ける物語。この女子が、のちに宇多天皇の女御となり、醍醐天皇の母となる。むかし大学の『今昔物語』の講義で読んだ。作品は図巻で、右端の導入部は、鷹狩の扮装の貴公子が、従者を連れて訪れる場面。左端には、家の奥で童子に乳を含ませている女性を描く。これは異時同図法か?と思ったら、さすがにそうではなくて、別に初対面の「雨やどり」の巻があり、この巻は、6年後に高藤が再訪したところを描いている。

 戦後の作品では、第3回日展出品の福田平八郎『筍』が好き。同じ第3回に特選となった佐藤太清(1913-2004)の『清韻』も好きだ。大画面いっぱいにアップで描かれた緑色のエンドウマメ畑に、10匹ほどの蝶が羽を休めている。よく見ると、モンシロチョウ、モンキチョウ、アゲハなど種類もさまざま。福知山にあるという、このひとの記念美術館、行ってみたい。橋本明治『月庭』は、作者らしい太い輪郭線で描かれた舞妓の図だが、月明かりらしい青白い色で統一されているのが特色。野島青茲(1915-1972)『麗衣』の気品ある女性像は、当時の駐日インド大使夫人をモデルにしたもの。このひともネットで探したら、好みの作品がたくさん出てきて、もっと見たくなった。松岡映丘門下なのだな。

 第2室では、東山魁夷(1908-1999)、杉山寧(1909-1993)、高山辰雄(1912-2007)を小特集。この3人は「日展三山」と呼ばれ、昭和30年代から10年以上、旧東京都美術館第7室に3人の作品が並べて展示され、第7室は「日展の華」と呼ばれた、という解説が添えられていた。旧東京都美術館の建物はかすかに覚えている(昭和40年代頃、院展に行っていた)が、日展の記憶は定かでないなあ。本展では、杉山寧の『宋磁静物』が、熊谷守一みたいで可愛かった。