見もの・読みもの日記

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商人の国の製造業/中国ドラマ『淬火年代』

〇『淬火年代』全34集(愛奇藝等、2025年)

 はじめ読めなかった「淬火(ついか、cuihuo)」とは、金属やガラスなどの素材を加熱後、水や油などの冷却剤で急冷し、硬度と強度を高める熱処理のことをいう。全編を見終わると、なかなか味わい深いタイトルだと感じる。

 中国ドラマには、比較的近い過去を振り返る「年代劇」というジャンルがあって、本作は、年代劇の名作『大江大河』シリーズに位置付けられており、同じ東陽正午陽光公司の制作と聞いて見始めた。ドラマは1998年、主人公の柳鈞(張新成)がドイツ留学から一時帰国し、病気に倒れた父親・柳石堂の待つ東海市に向かうところから始まる。柳鈞は、父親の機械部品工場を預かり、ドイツ仕込みの技術力と管理方式で立て直していく。昔気質の技術者たちの抵抗があったり、企業秘密をスパイに盗まれかけたり、海賊版に苦しんだりしながら、仕事に復帰した父親と二人三脚で、新会社「騰飛機械製造有限公司」を立ち上げ、製造業の理想に向かって邁進していく。

 柳鈞のメンター役として登場し、数々の助言を与えるのが、宋運輝。すでに東海集団総裁の要職に就いている。『大江大河』第1作の田舎の高校生(笑)だった彼を思い出すと感慨深い。奥さんの梁思申も相変わらず自由で自立した雰囲気でよかった。雷東宝と韋春紅がちらっと1回だけ登場したのは『大江大河』ファンへのサービスかな。

 本作に登場する若い世代の女性たちは、それぞれ個性的で魅力的だった。林川(張月)は、林騰飛のライバル・市一機(公営の東海市第一機械工場)の大株主である林岳の妹で、自らも海勝集団の取締役をつとめる女性。兄の指示で柳鈞に近づき、ケンカをしながら本気で惹かれていくが、やがて自らの意思で身を引く。柳鈞がパートナーに選んだのは、銀行員の崔冰冰(宋祖児)。夫の柳鈞も生まれた娘も大事に思っているけれど、出産後は両親の反対を押し切ってすぐに仕事復帰し、イケメン秀才の夫に、全く遠慮なくずけずけ物を言うところが宋祖児らしい役柄で笑った。冰冰の友人で、人は悪くない御曹司の陸華東となかなか結婚に踏み切らない弁護士の陳其凡もよかった。

 柳鈞の親友・陳宏明は貧しい家の生まれで苦学して大学を卒業、機械の輸出公司に勤めていたが、不動産業に転身し、姉の陳宏英とともに事業を拡大していく。貧しい日々に戻りたくない陳宏明は、豪邸や高級車を手に入れ、莫大な財産を築いても満足することができない。いつか愛妻・沈嘉麗と娘・小桃子を裏切り、上海に愛人を囲うようになるが、妻に発覚してしまう。陳宏明は妻と娘を海外に移住させ、さらに事業の拡大に没頭するが、2007年、世界的な金融危機(リーマン・ショック)が中国にも波及。柳鈞の騰飛公司も吸収の危機に陥るが、社員たちの支持で、なんとか持ちこたえる。一方、追い詰められた陳宏明は違法な資金源に手を出した挙句、2008年初め、山奥の湖で自殺。陳宏明の姉の陳宏英は、柳鈞の父親・柳石堂と長年、恋人関係にあった。陳宏英は柳石堂に付き添われて自首、刑に服することになる。柳鈞は、半病人となってしまった沈嘉麗の負担を軽減するために、小桃子を引き取って育てることを申し出る。冰冰も同意。

 こうして中国の製造業は「冷え込み」の時代に入っていくが、柳鈞は高い理想と目標を持ち続ける。たまたま空港で出会った林岳に「いつか我々もああいう大きな飛行機を作ることができるようになるだろうか」と聞かれて「一定能(かならず)」と答えるところでドラマは終わる。逆に、2008年の中国の製造業って、まだそんなレベルだったのかということに驚いてしまった。この林岳という人物は、自分が「利益至上」の商人であることを自覚しており、一度は物理的な暴力まで使って柳鈞を追い詰めるのだが、「中国は、貴方のような人間を必要としている」とも言う。林岳を演じた朱雨辰は好きな俳優さんなので、ただの悪役でなくて嬉しい。利益至上の多数派と、少数の理想主義者が行き交うところが、あの国の面白さのような気がしてならない。