見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

大唐長安の栄華を思う/アジアの仏たち(永青文庫)

永青文庫 早春展『アジアの仏たち-永青文庫の東洋彫刻コレクション-』(2026年1月17日~3月29日)

 永青文庫の設立者である細川護立が蒐集した中国彫刻、インド彫刻を7年ぶりに転換するという。7年前、2019年の展覧会『石からうまれた仏たち』はもちろん見ている。今季の展覧会を見てきたあとで、7年前のレポートを読むと、当たり前だが、だいたい同じ作品が同じように展示されていることが分かる。

 4階の大展示室はインドの神々から。実は、同館がこんなにインド彫刻を持っていることをすっかり忘れていて、新鮮な気持ちで眺めた。同館コレクションは、ポスト・グプタ朝からパーラ朝(7~12世紀)に東インドで制作されたものが主で、「東インド仏教美術の最後の華」という形容がされていた。私の好みは、まず『四臂観音菩薩立像』(パーラ時代、8~10世紀)。 彫りの浅い、童女のような優しい表情で、四臂のうち二本の腕に水瓶と開蓮華を持っているのが、日本の聖観音象への遠いつながりを感じさせる。同じくパーラ時代の『弥勒菩薩坐像』は、逆三角形の上半身、細いウエスト、長髪を肩に垂らし、片足を踏み下げたイケメン。このタイプの弥勒菩薩も時々、日本で見る。あと面白かったのは『転輪聖王の七宝浮彫』という装飾品で、転輪聖王の権力と徳を象徴する七つの宝、すなわち、象宝、摩仁宝、主兵臣宝、居士宝、女宝、馬宝を造形化したものだった。

 後半は唐の石仏(玉仏)。細川護立コレクションの中国彫刻は、早崎稉吉(はやさき こうきち)の旧蔵品が大半を占め、各時代の特徴を表した重要な像が多く含まれているが、特に西安周辺で早崎が蒐集したものには名品が多いという。中国ドラマに親しんできたおかげで、神龍とか咸亨という年号にときめいてしまう。大展示室の入口に常時展示されている『如来坐像』も、あらためて鑑賞した。丸くて平らな蓮華座に座しているのだが、前方にのみ、なめらかな衣の裾が掛かっていて、その表現が美しい。西安の青龍寺(空海が恵果和尚に会ったところ)址から出土したと伝わると聞くと、時代も時代だし、いろいろ想像が広がる。

 3階は中国(南北朝~隋唐)の石仏と石彫。北周~隋時代の『菩薩倚坐像』はずんぐりして素朴な顔立ちの本尊、左右に従う小さな獅子も豆狸みたいでかわいい。もう少し品よく整った雰囲気の如来像もあったが、必ず年代とともに作風が変化するものでもないらしい。

 ひときわ目立つ単独ケースに入っていたのは、北魏時代の『菩薩半跏思惟像』。重たそうな舟形光背を背負い、女性的な顔のまわりをリボンのような天衣が華やかに囲む。プリーツスカートをたくし上げるようにして、華奢な右脚を左膝に乗せる。これは2019年の展覧会でも印象に残ったもの。早崎はこの菩薩像を西安の草堂寺で得たと書き残しているが、『支那文化史蹟』第9輯の華塔寺(宝慶寺)の塔の写真に、酷似した像が写っているという。展示室にその写真が掲示してあるのだが、どうだろう? 足もとは似ているけど、光背のかたちが違う気もする…。ちなみに早崎が西安の華塔寺(宝慶寺)で入手した宝慶寺の浮彫石仏群は、いま東博が所蔵している。早崎は寺の修復費として白銀五百両を布施して、あの石仏群を得た記録が残っているそうだ。

 北魏時代の『道教三尊像』も好きなのでメモを残しておく。体の前で両手を重ねて倚坐する本尊の腰のあたりから左右に龍のようなものが飛び出しているのだが、諸星大二郎が描く妖怪のような気味悪さが絶妙で好き。

 2階はチベットや中国の金銅仏。なぜか中国・漢時代の『灰陶三人将棋盤』が出ていた。展示ケースの手前寄り、見やすい位置に置かれていたのが嬉しく、かつて(初見の2018年)駒のスタートラインは「車馬相士將士相馬車」だと思っていたが「車馬相士師士相馬車」に読めたので、8年ぶりに訂正。そして、この文字列で検索したら、現代の中国将棋(象棋)と全く同じであることが分かった。

観仏日々帖:東京国立博物館蔵・宝慶寺伝来石仏龕諸像と早崎稉吉(その1)(2021/11/28)

新関公子『東京美術学校物語:国粋と国際のはざまに揺れて』(岩波新書、岩波書店 2025.3):早崎と岡倉天心の関係について書かれている。読んだときは、ちょっとびっくりした。