○龍谷ミュージアム 特別展『仏教の来た道-シルクロード探検の旅』(2012年4月28日~7月16日)
朝から下京の源氏史跡めぐりをしているうち、10時になったので、西本願寺前の龍谷ミュージアムに入る。1年ぶりだ。「展示は2階からです」と促されて、会場に入ってみると、冒頭は「仏教の渡来」と題して、ガンダーラの仏立像や仏伝浮彫を展示。あれ? この階は開館記念展と変わってないのかな?と、ちょっと戸惑った。そうでないことには、すぐ気づいたが、いくつかの展示品と、もしかするとパネルの一部は使い回しているように思う(違ったらごめんなさい)。
初見の資料で、いいなーと思ったのは、マトゥラーの四面仏坐像。卓上に乗るサイズの赤砂岩のキューブで、四面に、上半身裸のがっちりした仏が結跏趺坐している。ガンダーラ、アフガニスタンの塑像(ストゥッコ)は、背をかかめた供養人像の、繊細な畏怖の表現に息をつめて見入る。
やがて、中国西域のめずらしい仏教文物が、ぞろぞろと目の前に現れる。コータンの中心地ヨートカンで出土した共命鳥小像、かわいいなー。ゆるキャラになりそう。本展には、龍谷大学だけでなく、さまざまな関係機関の所蔵品が、精力的に集められていて、うれしい。東博の東洋館(2013年まで工事閉館中)の名品、有翼天使像壁画(ミーラン出土)も来ていた(~6/3)。東大東洋文化研究所からは、壁画片・武人俑など9点。大学の研究所の所蔵品って、めったに一般人は見ることができないから、絶好のチャンスである。特に『菩薩衣文壁画』(7世紀)は、名前のとおり、衣の断片でしかないが、色彩の残りが完璧!
MIHOミュージアムの『ソグド人墓石榻囲屏門闕』も、同館で何度か見ているが、あらためて解説を読んで、いろいろ学んだ。画面には、ソグド人だけでなく、エフタル(謎の多い遊牧民族)とか突厥人も描かれているとか、水辺の立つ主のいない馬は、漢代の画像石以来の伝統で、主人が楽園に達したことを表すとか…。
さらに、マニ教について充実したセクションが設けられていて、興奮した。昨年、大和文華館の『信仰と絵画』で見た同館の六道図、山梨・栖雲寺所蔵の『虚空蔵菩薩像』(~6/3)もあり。ここは後期(6/5~)もくると、日本国内で見つかっているマニ教絵画を全点見られるんじゃないかな。私は大和文華館展の図録を買い逃したので、今展の図録は、とってもうれしい。
2階の仏像・仏画に対し、3階は文字資料が中心となる。文字資料は、前後期展示替えするものが多い。敦煌出土の絵入り仏名経はかわいい。トルファンの印沙仏は、日本でいう印仏である。説法印を結ぶ坐仏を描いた四角い印を、きっちり並べて押していた。
『李柏尺牘稿』は、あの楼蘭出土。ほぼ完全な形の2枚の文書と39点の断片があるが、今ならその2枚の文書が見られる(~5/13)。「現存する墨書した文書として最も初期のもの」という説明を読み、前日に見た陽明文庫展の感激が、ちょっと冷めてしまった。前涼時代、324~328年だものな…。大谷光瑞が隊員に出した指示「選ばず全てを持ち帰れ」によって、こうした資料が伝えられた、という解説に唸った。
文字資料の中には、10センチ四方にも足らない紙片もある。トルファンの『マニ文字ウイグル語マニ教教典』もそのひとつ。わずか数ワード(?)の解読から「高昌故城にあったマニ教教会の庫に保管されていた洋装本の一葉」と判明するのだから、魔法のようだ。
最後に、大谷探検隊関連の資料がまとめて出ていた(龍谷大学のほか、一部は隊員の菩提寺等が所蔵)。隊員の日記、スケッチ、大谷光瑞による指図書、旅行教範(探検のガイドテキスト)など。私は、こういうアーカイブ資料が好きなので、各人各様の日記帳を見ているだけでも楽しかった。旅行鞄、写真帖、ガラス乾板などのほか、植物標本(押し花)や毛皮服まであるのには驚いた。これらを保存していくのは大変だろうなあ…。
探検隊の野営図、沙漠の中を行くラクダの列、今では観光地化した遺跡の当時の様子、西域の市場風景など、ところどころに添えられた古写真も興味深い(拡大に耐えるのは、かなり精度がよいのだろう)。