見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

女たち、男たち/「江~姫たちの戦国~」展(江戸東京博物館)

江戸東京博物館 特別展『江~姫たちの戦国~』(2011年1月2日~2月20日

 後述の企画展が見たくて飛んで行ったのだが、ついでなので、特別展も見ておくことにした。2011年NHK大河ドラマ『江』にちなんだ展覧会である。ドラマのほうは、初回で早くも脱落してしまったが、展示は展示として楽しめるだろうと思って会場に入った。

 冒頭に、初(常高院)に宛てた江の消息。気取った散らし書きでなくて、素直で読みやすい筆跡だと思った。岐阜の栄昌院に伝わったというので、なぜ岐阜?と思ったら、もとは7人の侍女たちが常高院墓所を守って小浜に庵を結び、栄昌院と称していたが、明治になって、よんどころない事情で岐阜に移ったそうだ(→小浜の常高寺ホームページ)。累代にわたって、ひっそりと女主人の位牌を守り続けた尼僧たちと、それを根底から覆しかけた明治維新の社会の激変を思うと、いろいろと感慨深い。

 教科書などで見たことのある、『浅井長政夫人(お市)肖像』(重文、~1/23展示)は、桃山時代の作とは信じがたいほど色あざやか。面長できりりとした目鼻立ちが、やっぱり信長の肖像に似ている(ちなみに、パネル展示だけだったが、妹のお犬も面長)。上衣は純白、腰に巻いているのは、打ち掛け型の小袖らしい。Wikiに、桃山時代の小袖は「南蛮貿易によるキリシタン文化の影響も受け、特に紅を多用した大胆で派手な柄・色使いの物が多い」という。なるほど。どうも時代劇ドラマが描くこの時代の女性は、ピンクだの萌黄色だの可愛い系に走って、こういう衣装を再現してくれないなあ。同幅は高野山持明院の所蔵(ふだんは霊宝館寄託)。次に高野山に行くときは、ここの宿坊も候補にしよう。

 展示後半では、江と秀忠の子女たちが紹介されていた。彼らの運命も多彩である。千姫(天樹院)、三代将軍家光、後水尾天皇に入内した東福門院和子。娘が入内したと知って、江に源氏物語の明石の上のイメージを重ねてしまった。でも後水尾天皇って女性関係が派手で、おしのびで遊郭にまで出かけたというから、母も娘も悩ましかっただろう。大坂夏の陣の悲劇のヒロイン・千姫は、その後70歳まで存命したとか、秀頼の怨霊に悩まされた彼女のために怨霊鎮めを行った尼僧の慶光院周清とか、当時の女性にもさまざまな生涯があって、誰が幸せで誰が不幸だったかは、ひとくちに言えないことを感じた。

 さりげなく展示されている史料だが、小浜市教育委員会所蔵の『山中橘内書状』(天正20年=1592年5月18日)は面白すぎる!! 山中橘内(長俊)は秀吉の右筆。→「若狭小浜のデジタル文化財」のサイトに「組屋家文書」として紹介されている、たぶんこれだと思う。内容は「秀吉のアジア支配構想」というべきものであって、北京に後陽成天皇を移すこと、北政所も北京に呼び寄せること(とあったと思う。田中裕子の西太后を想像してしまった)、日本との窓口は寧波とすること、朝鮮攻めの諸将は中国の西寄りに領地を得させ、さらに天竺攻めの機会を窺うこと、等々が書かれていた。誇大妄想と言われるけど、けっこう綿密な構想があったんだなあ、ということに驚いた。無責任だけど、面白い。誰か、この構想が実現するという設定で、SF歴史小説を書いてくれないかなあ…。

 もうひとつの企画展『140年前の江戸城を撮った男 横山松三郎』については、稿をあらためて。