見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

恋の手本となりにけり/映画・国宝

〇李双日監督『国宝』(TOHOシネマズ日本橋

 原作は全く知らなかったが、出演者もいいし、題材にも興味があるので、公開されたら必ず見に行こうと決めていた。そして比較的早めに見に行ったのだが、作品の重量に圧倒されて、なかなか感想をまとめられなかった。

 物語の始まりは1964年(これはネットで調べた)、上方の歌舞伎役者の花井半二郎は、興行先の長崎で、地域の顔役・立花組の宴会に顔を出し、座興の舞台に立った女形の少年に魅了される。少年・喜久雄は立花組の組長の息子だった。しかし、その日、武装した敵対勢力の襲撃を受けて喜久雄の父親は命を落とす。天涯孤独となった喜久雄は父親の仇を討とうとするが失敗。半二郎は喜久雄を引き取り、部屋子として育てることに決める。

 半二郎には喜久雄と同い年の息子・俊介がいた。二人は競い合いながら成長し、やがて喜久雄(東一郎)と俊介(半弥)の若手女形コンビとして脚光を浴びる。あるとき、半二郎が事故で怪我をしてしまう。予定されていた舞台「曽根崎心中」のお初の代役に、半二郎が指名したのは喜久雄だった。俊介は喜久雄を祝福するが、その舞台を見て、喜久雄のとてつもない才能を知った俊介は出奔してしまう。

 しばらく時が流れ、糖尿病の悪化した半二郎は、もうひと花咲かせようと白虎を襲名し、自分の名跡を喜久雄に譲る。しかし襲名式の舞台で倒れ、帰らぬ人となってしまう。唯一の後ろ盾を失った喜久雄に周囲は冷たかった。父の死を知って帰ってきた俊介は再び舞台に戻り、注目を浴びる。焦る喜久雄は、先輩役者・吾妻千五郎の娘の彰子を誘惑し、婿に収まることを狙うが、大激怒されて歌舞伎の世界から放逐される。彰子と二人で仕事を求めて、地方のホテルの宴会場などドサまわりの日々が続く。

 そんな喜久雄に手を差し伸べたのは俊介だった。「二人道成寺」は再び喝采を浴びる。しかし舞台で倒れる俊介。(父親譲りの)糖尿病で片足が壊死を起こしていたのだ。左足の膝から下を切断して義足とし、さらに、残る右足もいつ切断せざるを得なくなるかもしれない状況で俊介は「お初がやりたい」という。俊介の覚悟のお初を、徳兵衛として支える喜久雄。このあと、俊介の出番がないのは、彼は若くして世を去ったのだろうと思う。

 喜久雄には若い頃に付き合って、子供を設けた祇園の芸妓がいた。2014年、老境を迎え「人間国宝」に認定された喜久雄は、メディアのインタビューを受ける。写真撮影を担当した女性カメラマンは、すっかり縁の切れていた、喜久雄の実の娘だった。娘は、悪魔に魂を売って芸の極みを目指した父の生き方を非難しながら、その類まれな美しさを認める。そして娘の言葉を体現するような「鷺娘」の舞台で幕。

 主人公・喜久雄を演じた吉沢亮、もちろんイケメンだけれど、整いすぎた顔立ちで女形は合わないんじゃないかと思ったが、大役・お初を演じ切り、下りた幕の内側で呆然とする横顔の、まだ役のお初が抜けきれないところに、初々しい喜久雄がブレンドされた美しさが絶妙だった。最後の鷺娘も素晴らしかった。それ以上に印象的だったのは、落ちぶれたドサまわりの最中、田舎町のビルの屋上で、酔っぱらって、崩れた化粧で、ふらふらと踊る姿の凄絶な美しさ。

 横浜流星の俊介は、実は喜久雄以上に難しい役だったんじゃないかと思う。一世一代のお初。残った右足にもすでに壊死が始まっていて、爪の崩れた醜い足先を喜久雄の徳兵衛が喉に当てるのである。「曽根崎心中」のあのシーンをこう使うか!という脚本(原作)の巧妙さに唸った。花道で何度も転びながらの道行、最後の「恋の手本となりにけり」が、歌舞伎という芸に恋した男たちの姿を称えるようにも聞こえた。しかし、そういう小細工以上に、喜久雄のお初のセリフ!!発声が素晴らしい。私は「曽根崎」を文楽でしか見たことがないのだが、歌舞伎でも見てみたくなった。あと二人の少年時代を演じた黒川想矢くん(少年喜久雄)、越山敬達くん(少年俊介)もよかった。

 上のあらすじでは省略してしまったが、人間国宝女形の歌舞伎役者・小野川万菊を演じた田中泯さんは、ほとんど人外(人でないもの)みたいなキャラクターだが、この物語に説得力を与えていたと思う。役者の「業」を抱えた男たちに翻弄されながら寄り添う女たちも、それぞれ印象的だった。

 映画館で見終わった後、あまり数多く映画を見ていない私が連想したのは『さらば、わが愛覇王別姫』だった。だが、同作に言及している感想や批評はないかなと思っていたら、李相日監督が上海国際映画祭の舞台挨拶で、学生時代に『さらば、わが愛』を観て衝撃を受けたことが本作の背景にあると語ったそうで、ちょっと嬉しかった。しかし『さらば、わが愛』に描かれたような政治的な激動は本作にはない。それは本作の舞台である戦後50年余りの日本社会の幸せかもしれない。

マンガ原作の武侠SF/中華ドラマ『異人之下』

〇『異人之下』全27集(優酷、2023年)

 見たい新作ドラマが途切れていたので、2023年公開で気になっていた本作を見てみた。原作は『一人之下』というウェブ漫画で、2018年には日中合作のアニメにもなっているらしい。へえ、全く知らなかった。

 ストーリーは、漫画原作らしく速いテンポでどんどん進む。平凡な大学生の張楚嵐は、ただ一人の家族だった祖父を幼い頃に失っていた。祖父の張懐義は、常人にない能力を持つ「異人(アウトサイダー)」の一人で、張楚嵐はその能力を受け継ぐとともに、成長するまで封印することを言い渡されていた。大人になった張楚嵐は、異人の一味に次々に襲われ、祖父から受け継いだ「炁体源流」の秘術を解禁する。

 この世界には、多くの異人が存在しており、いくつかの勢力グループがあった。張楚嵐を助けてくれたのは、表向きは「哪都通」という宅配会社を装っている集団で、総帥の徐翔の下に、徐三、徐四がいる。生前の張懐義に頼まれ、張楚嵐の成長を見守ってきた不思議な少女・馮宝宝もこの集団に身を寄せていた。よりエグゼクティブな雰囲気を漂わせるのが「天下集団」の総帥・風正豪。娘の風莎燕はかなり狂暴な美少女。しかし本格的な敵対勢力は「全性」を名乗るグループであることが徐々に分かってくる。

 異人たちの世界では「八大奇技」と呼ばれる8つの秘術の存在が知られていた。張楚嵐の「炁体源流」はその1つで、風正豪は「拘霊遣将」を使う。龍滸山の老天師・張之維は、八大奇技の1つ「通天籙」の伝授を賞品とした天師大会を開催することにし、腕自慢の異人たちが龍滸山に集合する。張楚嵐、馮宝宝、風莎燕のほか、武当山の王也、老天師の直弟子の張霊玉、諸葛孔明の後裔である諸葛青なども。トーナメントに出場するのは若者たちだが、それを見守る老師たちも一堂に会する。

 そして次第に明らかになること。異人たちの世界には、かつて八大奇技をめぐって凄絶な抗争があった(甲申之乱)。張楚嵐の祖父・張懐義は、もとは龍滸山の張之維らの同輩だったが、乱の首魁と見做され、龍滸山を追われ、何者かに暗殺されたのだった。馮宝宝は、「哪都通」の徐翔が幼かった頃、記憶を失った状態で放浪していた。徐翔の家族に助けられ、今日に至るが、半世紀あまり(?)経っても全く年を取る様子がなかった。

 天師大会トーナメントの結果は張楚嵐が優勝。しかし張楚嵐は「通天籙」の伝授を望まず、ただ祖父の死と馮宝宝の身元について真実を知りたいと願う。そこに「全性」集団が乱入するが、老天師・張之維が超絶的な能力を発揮して返り討ちにする。

 龍滸山攻略に失敗した「全性」集団では、若き策略家・呂良が掌門の座に就く。呂良には、幼い頃、呂歓という妹を失ったトラウマがあった。張楚嵐は呂良の記憶をたどり、そこに秘められた罠に気づく。呂良の祖父・呂大爺は八大奇技に執心し、端木瑛という老女が修得していた「双全手」という秘術を獲得するため、端木瑛の血液を抜き取って呂家の赤子に注入した。しかし、その端木瑛は、すでに呂歓と全ての記憶を交換していた。呂家から姿を消した呂歓の正体は端木瑛だったのである。馮宝宝(無根生の娘)の記憶を奪ったのも端木瑛だった。無根生は、八大奇技を生み出した異能者たちのさらに師匠にあたる大異能者だった。

 正体を現した端木瑛は、馮宝宝の心と身体を破壊しようとするが、張楚嵐は必死にこれに抵抗。天師大会トーナメントで出会った仲間たちの支援もあって、馮宝宝の救出に成功する。馮宝宝は再び全ての記憶を失っていたが、張楚嵐は、一歩ずつ彼女の心に近づこうと考える。

 原作を知らないと分かりにくいところもあったが、細かいことを気にせずに見ていく分には面白かった。若者世代も年寄り世代も、癖の強いキャラ&俳優さんが多くて楽しかった。張楚嵐役の彭昱暢くん、馮宝宝役の王影璐さんは初見だと思うが、なかなかの芸達者。王也役の侯明昊くんは久しぶり。老天師役の王学圻さんは『追風者』の共産党員・徐諾か!長い白眉毛など徹底した老けメイクで全然分からなかった。風正豪役の修慶さんは、現代ドラマが珍しい上に最後まで善人だったのが意外で(端木瑛と戦う張楚嵐に加勢する)笑ってしまった。

 設定としては現代?SF?のジャンルになるのだろうが、正派と邪派の抗争、秘技の争奪、過去の因縁、老輩から若者への教えなど、完全に武侠ドラマの骨格だと思った。2024年公開の映画作品(主演・胡先煦)もあるそうで、こっちの配役もなかなかいい。見てみたい。

家族と幸せのかたち/中華ドラマ『小巷人家』

〇『小巷人家』全40集(正午陽光、湖南衛視、2024年)

 新作ドラマをいくつか挫折した後、半年前の公開である本作を探し当てて完走した。やっぱり正午陽光作品の安定感は抜群である。

 舞台は蘇州、1970年代末。紡績工場の女工の黄玲は、成績優秀と認められて住宅を給付され、夫である高校教師の荘超英、幼い息子の図南、娘の篠婷とともに新居に引っ越す。新居と言っても、庭と台所は隣家と共有、トイレはさらに周辺の住民と共有する、伝統的な「小巷」の住まいである。隣家の住人となったのは、工場の同僚の宋莹。夫の林武峰は、この界隈にはめずらしい大卒で、圧縮機工場の技師をしていた。息子の棟哲は父親に似ず、勉強嫌いのやんちゃ坊主。この2つの家族を軸に、90年代末まで、20年間にわたる中国庶民の暮らしぶりを描いていく。

 80年代はじめ、庶民の生活はまだ貧しく、黄玲と宋莹は庭に蛇瓜(ヘビウリ)を植えて食費を節約する。努力の甲斐あって、冷蔵庫や白黒テレビを購入することができ、徐々に生活に余裕が生まれる。大きな変化の1つは、荘家の長男・図南が上海の大学に合格したことだ。図南の専攻は建築学で、ゼミ旅行では雲瑶古城の調査を体験し、伝統的な街並み保存と生活環境の現代化の調和について考え、女子学生の李佳に淡い恋心を抱く。

 成績優秀な妹の篠婷も大学進学を志し、幼なじみの林棟哲も、篠婷と同じ大学を目指して必死で勉学に取り組む。一方、林武峰の勤める国営工場は経営が悪化。広東に新しい仕事を見つけることができた林武峰は、妻と息子にも広東移住を提案する。家族の絆を選び、蘇州を離れる宋莹。家族以上の親友・宋莹を失って悲嘆にくれる黄玲。

 篠婷と林棟哲は上海の大学で愛を育むが、当時の就職は基本的に国(党?)が決めるものだった。物理的に離れ離れになった結果、別れてしまうことを恐れた二人は、親に黙って結婚手続きをしてしまう。これがバレて、昔気質の父親・荘超英は大激怒。しかし、もはや子供は親の言うことを聞かないものだとあきらめる。最後は、姻戚関係になった林家と荘家の人々が集う(仲直りした図南と李佳も)年越しの団欒でドラマは終わる。

 昔気質の荘超英は両親に絶対服従で、荘家の老夫妻は、長男とその家族が自分たちに孝行を尽くすのは当然と考えている。芯の強い黄玲は、夫と対立しても言うべきことを言い、子供たちの自由を守り抜く。黄玲の支えは仕事(自分の収入)を持っていたことで、だからこそ、娘の篠婷が就職をないがしろにして結婚に走った選択には、厳しい苦言を呈する。また、80年代の終わり、国営の紡績工場が停業になり、仕事を失ったときは大きなショックを受けるが、共稼ぎの夫婦から近所の子供たちを預かることに、徐々に新たな生き甲斐を見出す。さんざん言い争ってきた夫とは、お互いに老境を迎えて、いつの間にか労わり合う関係になっているのが逆に自然だった。

 荘超英の甥の向鵬飛は、わけあって荘家に預けられる。学校の勉強は苦手だったが、目端が利き、働き者で、伯母の黄玲のことも大事にした。在学中の図南を誘って一儲けするエピソードもあり、金を稼ぐ(豊かになる)ことに対して、中国庶民のあらゆる階層が積極的な意義を認めていた雰囲気が分かるような気がした。

 荘家・林家の近所には、呉建国と張阿妹という夫婦がいるのだが、学のない木工の呉建国は、最後まで貧乏暮らしを抜け出すことができない。張阿妹は、空き家となった林家の住居を手に入れようと策を弄するが、黄玲は親友・宋莹の財産を守り抜く。呉家の娘の姗姗は、上級の学校に進むことを母親に許されず、経済的に豊かな相手と結婚するものの、最後まで望んだ幸せを手に入れたようには感じられなかった。さまざまな人生を前にして、幸せの意味を考えてしまうドラマである。

バチカンのミステリー/映画・教皇選挙

エドワード・ベルガー監督教皇選挙』(TOHOシネマズ日本橋

 ゴールデンウィークなので、話題の映画を見てきた。非アジア系の映画を見るのはむちゃくちゃ久しぶりだったが、評判に違わず、面白かった。

 ある日、カトリック教会の最高指導者であるローマ教皇が心臓発作で急死してしまう。首席枢機卿のトマス・ローレンスは、悲嘆にくれる暇もなく、次の教皇を決める教皇選挙(コンクラーベ)を執行することになった。

 選挙の参加資格を持つ枢機卿たちが、世界中からバチカンに集結する。選挙の秘密を守るため、彼らは外界から完全に隔離される。そこに1名の名簿に記載のない枢機卿が現れる。アフガニスタン・カブール教区所属のベニテスはメキシコ出身、多くの紛争地域で活動してきた人物で、前教皇が密かに枢機卿に任命していた。ローレンスは任命状を確認し、ベニテスの参加を承認する(この一件で、前教皇がリベラルな志向の持ち主だったと分かる)。

 有力候補と目されていたのは、まず頑迷な保守派のテデスコ枢機卿。これに対立するのは、アフリカ系のアデイエミ枢機卿で、野心家であることを隠さない。さらに穏健派と見做されるが、疑惑の多いトランブレ枢機卿。ローレンスは彼らのいずれも好まず、前教皇の考えに近い、友人のアルド・ベリーニ枢機卿を支持する。しかしベリーニは支持を得られず、かえってローレンスに票が集まり、二人の友情を微妙なものにする。

 最初に得票を伸ばしたのはアデイエミ。しかしアフリカ系のシスターのひとりが、かつてアデイエミに捨てられた恋人であることが発覚する。急速に支持を失うアデイエミ。だが、そのシスターをバチカンに呼び寄せたのはトランブレであることが分かる。さらにトランブレは亡くなる直前の前教皇と面会しており、そこで辞任を要求されたという噂があった。ローレンスは、封印された前教皇の居室に侵入し、トランブレの行状に関する調査報告書を発見する。その報告書を枢機卿たちに暴露したことで、トランブレの選出の目も消えた。

 残る有力候補は保守派のテデスコ。ローレンスは、自らそのテデスコと戦う意思を決める。そのとき、礼拝堂の外で爆破事件(自爆テロ)が起こり、封鎖されていた礼拝堂の窓が爆風で吹き飛ばされる。

 リベラリズム多元主義の行きつく果てに怒りと嫌悪を明らかにするテデスコ。それに真向から反論したのは、実際に紛争地域で活動してきたベニテスだった。ベニテスの言葉は多くの枢機卿の心を捉え、次の投票で彼が次の教皇に選出される。教皇名はインノケンティウス。

 【ネタバレ】選挙結果に満足したローレンスのもとに、助手のレイ(オマリー神父)から驚くべき急報がもたらされる。ベニテス枢機卿がスイスで受けようとしていた手術の詳細。ベニテスは生来、子宮を持つインターセックス半陰陽)であり、前教皇の助言に従い、子宮の摘出手術を受けようとしたが、考えを改め、神のつくられた身体のままであることを選択した、とローレンスに語る。少しずつ変わっていくカトリック教会の未来を暗示して映画は終わる。

 最後に重要な一幕があるらしいとは聞いていたが、なるべく感想や批評に触れないようにしていたので、制作者の意図どおり、驚くことができてよかった。冷静に考えると荒唐無稽な付け足しにも思えるが、教皇選出までの描写が重厚なので、現実味をもって受け止めることができた。

 フィクションとはいえ、教皇選挙のディティールを映像で見ることができたのは貴重だった。システィーナ礼拝堂の壮麗な建築、枢機卿たちの礼服も古装劇を見るようで、目に楽しかった。選挙では、公的に行われるのは投票のみで、その他の活動(支援者の取り込みや議論)は、食事や休憩の時間に行われているらしいのも面白かった。

 いろいろ自分でも調べてみて、カトリックでは、女性は枢機卿どころか、その前提としての聖職者にもなれないこと、にもかかわらず、最近亡くなられたフランシスコ教皇が、教会における女性の権限の拡大に努めていたことを知った。本作では、選挙のために集まった枢機卿たちの食事や、身の回りの世話をするシスター(修道女)たちが描かれており、その監督官であるシスター・アグネスが重要な役どころとなっている。

 誰が教皇になるかは、未定事項であるのだが、じりじり「正解」に近づいていく「謎解き」のスリルがあり、英米のミステリーの系譜に位置づけられるようにも思った。ある意味、周到に全ての布石を打った前教皇こそが「犯人」と言えるかもしれない。最後にローレンスが礼拝堂に紛れ込んだ亀を見つけて、庭園の水路に放してやるのだが、あれは何の比喩なのかな。私にはよく分かっていない。

凶悪犯との長い戦い/中華ドラマ『漂白』

〇『漂白』全14集(愛奇藝、2025年)

 かなりグロテスクで陰惨な犯罪事件を扱ったドラマなので、万人にお薦めはできないが、私はハマって見てしまった。2002年、雪城市(架空の市、北国っぽい)で猟奇的な殺人事件が発覚する。集合住宅の排水口から発見された人間の遺体の一部。駆けつけた警察官の彭兆林は、不審な男とすれ違うが見逃してしまう。その男、鄧立鋼こそ、バラバラ殺人事件の主犯格だった。

 鄧立鋼、石畢、吉大順、宋紅玉の4人組(男3人、女1人)は、ナイトクラブなどで働く若い女性に声をかけ、監禁して家族から身代金を毟り取った後、女性を殺害して行方をくらますことを繰り返していた。雪城での犠牲者は、それぞれ田舎から出稼ぎに来ていた劉欣源、黄鶯という2人の少女だった。

 同じ頃、雪城市に暮らす真面目な女子高校生の甄珍は、同級生からのいじめに遇い、母親とも衝突して家出してしまう。むかし近所に住んでいた友人を訪ねて南方の灤城市に来てみたが、友人は自分のアパートを別人に貸して、上海の大学に進学していた。行くところのない甄珍は、家主の友人に頼み込んでアパートの部屋をシェアさせてもらい、アルバイトを見つけて生活費を稼ぎ始める。甄珍との同居をしぶしぶ受け入れた本来の借主は邱楓という女性で、甄珍と同世代だが性格は真逆。酒場のホステスをしながら一攫千金を夢見ていた。

 そこへ鄧立鋼ら4人組が灤城市に流れ着く。宋紅玉は邱楓に目を付け、男たちの金回りのよさを見せつけておびき寄せる。ところが、ひとり暮らしだと思った邱楓の部屋を訪ねた宋紅玉は、甄珍に姿を見られてしまう。完璧に証拠を消すため、鄧立鋼らは邱楓だけでなく甄珍も誘拐し、高層アパートの一室に監禁する。

 4人組に強要され、家族に電話をかけて送金を求める甄珍。その電話は、ちょうど甄珍の家を訪ねていた雪城市の警察官たちの知るところになる。直ちに灤城市まで捜査の手が伸びるが、それを知った鄧立鋼は激怒し、甄珍と邱楓の肉体を切り刻んでこの世から消し去る準備を始める。4人組が前祝いの酒宴に興じている間、浴室に閉じこめられた甄珍は水漏れを起こして階下の住人に異変を伝え、小さな天窓から外へ出て、高層アパートの壁伝いに隣室に逃げ込む。警察の助けもあって、なんとか2人は命を取り留めたが、4人組はまたどこかへ姿を消してしまった。甄珍は両親のもとに戻り、邱楓は心を入れ替えて新しい人生を歩み始める。

 2011年、大学を卒業した甄珍は雪城市の警察官となって彭兆林のチームにいた。あるとき彭兆林は、鄧立鋼の弟が病院に現れた噂を耳にする。そこから徐々に現在の4人組の状況が分かってくる。4人は偽名を使い、前歴を「漂白」して綏鹿市に潜んでいた。鄧立鋼はビリヤ-ドとマッサージの店の経営者となり、宋紅玉との間に息子が生まれ、2人は婚姻証明書も手に入れていた。石畢は子持ちの地味な中年女性と結婚し、小さな茶葉店の経営を手伝っていた。吉大順は雑貨店の女主人をたらしこみ、屠畜場で有能な屠畜人として働いていたが、体は末期の癌に犯されていた。

 彭兆林のチームは綏鹿市に乗り込み、ついに4人組を全員逮捕する。しかしここから、彼らに罪を自供させるための戦いが始まる。男たちは罪状を認めたが、宋紅玉は、自分は殺人にかかわっていないと主張。その結果、男たちには死刑が求刑されたが、宋紅玉は無期懲役となった。

 甄珍は、かつての雪城案の被害者・黄鶯が身に着けていたエスニック風のブレスレットを手がかりに、雲南タイ族の村を訪ね、黄鶯の双子の妹・玉嬌を探し当てる。玉嬌に引き合わされた宋紅玉は取り乱し、殺害を告白してしまう。裁判はやり直しとなり、悪人たちは全て相応の裁きを受けることになった。

 甄珍を演じた趙今麦ちゃん、ドラマ『開端』を思い出したが、本作でも絶対にあきらめない信念と身体を張った頑張りが素晴らしかった。はじめは嫌な感じの邱楓(方圓圓)は、おバカなんだけど根はいい子で、幸せになってくれてよかった。彭兆林役の郭京飛さん、すっかり渋い俳優さんになったねえ。

 本作のおもしろさは、凶悪犯の4人組にも、それぞれ悪事に手を染めた事情があったり、家族のしがらみがあったりすることを丁寧に描いているところだと思う。特に任重さんの演じた石畢は、人付き合いが下手で、稼ぎが悪いとガミガミいう妻を衝動的に殺してしまい、鄧立鋼に死体の始末をしてもらったところから悪の道に踏み込む。しかし後年の偽装結婚では、平凡な妻と連れ子と穏やかな日々を過ごし、彼らの幸せを願って死刑場に赴く。社会への憎悪をエンジンに生きている宋紅玉(王佳佳)も貧乏ゆえに舐めた辛酸が根っこにあり、悪人だけど同情を感じた。

北宋ミステリー画巻/中華ドラマ『清明上河図密碼』

〇『清明上河図密碼』全26集(中央電視台、優酷、2024年)

 北宋の都・開封の賑わいを描いた画巻『清明上河図』をモチーフにしたミステリー時代劇。画巻の作者として知られる張択端も劇中に登場する。主人公は大理寺の下級官吏の趙不尤。父親の趙離、弟の墨児、妹の弁児、そして妻の温悦と仲良く暮らしていた。趙不尤が温悦と出会ったのは15年前、都に帰還した官吏・李言の船が何者かに襲われ、李言と全ての船員が殺害された事件の晩だった。群衆に押されて河に落ち、着替えを求めて店に立ち寄った趙不尤は、同じく着替えを必要としていた温悦に出会う。温悦は李言の船を襲った水賊のひとりではないかという疑いを、趙不尤は微かに持っていた。

 いろいろ新たな事件があって、徐々に温悦の前身が明かされていく。温悦は船大工の娘だったが、幼い頃、両親を殺されて孤児となり、水賊の一味に拾われ、武芸を仕込まれて育った。15年前、何者かの指令を受け、李言の船を襲ったのも彼女たちだった。趙不尤は温悦の正体を知っても、一途に妻を護り続ける。開封府の左軍巡使・顧震は、かつての上官・李言を殺害した犯人を捜し求めて、温悦の関与を知るが、真の元凶はその背後にいると考える。大理寺をクビになった趙不尤は、開封府に転がり込み、顧震の下で15年前から現在に至る事件の解決に尽力する。

 さて、趙不尤の弟の墨児と妹の弁児は、本人たちには隠していたが、理由あって若き趙不尤が引き取った貰い子だった。大理寺の先輩だった董謙が何者かに殺害される前に、幼い息子と娘を趙不尤に託したのである。そして、その董謙こそ、温悦の家族を襲った犯人だった。自分の意思とは無関係に張り巡らされた因縁に困惑する温悦、墨児、弁児たち。しかし、結局、今ある家族の姿を大切にしようという決心に至る。そこに現れたのは、死んだと思われていた温悦の弟・蘇錚。彼は、両親の仇を討つため、董謙につながる人々を陥れようとするが、温悦は抵抗する。

 そして、最後に宮廷の大官にして貪官・鄒勉こそが全ての事件の黒幕であったことが判明する。鄒勉の娘と娘婿も傍若無人な悪役として登場するが、父親の鄒勉は、それを上回る冷酷・凶悪ぶりを見せる。このラスボスを裁判劇の舞台に連れ出し、悪事を糾弾する趙不尤の弁舌がクライマックス。圧倒的な民衆の賛同を得て、実際に開封府尹の審理に引き渡されることになる。このとき、鄒勉の意を受けた私兵が突撃するのを瓦子(劇場)の前で、体を張って阻むのは顧震と下僚の万福。

 善悪どちら側も癖のあるキャラが多くて面白かった。ルックスは全くイケていないけど、なかなかの頭脳派で、妻と家族思いの趙不尤。張頌文さん、いいドラマに当たったと思う。顧震は土いじりが趣味らしく、周一囲さんにしてはじじむさい役柄が大変よかった。その部下、お笑い担当のようで頭児(ボス)への忠誠心は厚い万福(林家川)も好き。墨児と親交を結ぶ学究肌の青年・宋斉愈役は郝富申くん!古装劇は初めて見たけど、どんどん出てほしい。

 『清明上河図』の虹橋を再現したセット、さらに画中の人物を全て再現したカットもあって、見応えがあった。ただ『清明上河図』には、女性の姿が非常に少ないと言われているので、画巻の世界をそのまま再現したら、こんなに女性の活躍するドラマにはならないだろう。

あきらめない刑事たち/中華ドラマ『我是刑警』

〇『我是刑警』全38集(愛奇藝、中央電視台、2024年)

 大晦日に見終わったドラマ。おもしろかった~。ドラマは1990年代から始まる。平凡な若手警官だった秦川(于和偉)は、刑事捜査の資質を認められ、大学で法律を学び、職務に復帰したばかり。1995年1月、西山鉱山の事務所が強盗に襲われ、保安員ら十数名が殺害される事件が起きる。中昌省河昌市の警察隊は、1991年に彼らの同僚が殺害され、銃を奪われた事件との関連を疑う。まだ科学的な捜査設備の整わない中、過去の事件記録の読み直しと論理的な推論で徐々に犯人をあぶり出し、逮捕に至る。

 大きな功績を上げた秦川は、上司と衝突して、西山分局の預審科長(予審=被告事件を公判に付すべきか否かを決定すること?)で冷や飯を食うことになるが、この間にも大規模な食糧盗賊団を摘発するなど成果を挙げる。犯人たちはトンネルを掘って食糧倉庫に近づいていたら棺桶に行き当たってしまったという、これは本作で唯一笑えた事件だった。

 2001年、秦川は中昌省緒城市の刑偵(刑事捜査)支隊長に復帰。いくつかの事件を解決したあと、師匠と慕う刑事捜査の専門家・武老師(丁勇岱)からある事件の相談を受ける。2004年と2005年に昀城市で発生した短銃による殺人と金銭強奪事件。さらに2009年、軍の管轄区の門衛が殺害されて銃を奪われる事件が起き、2010年には渓城市の鋼材工場前で同様の金銭強奪事件が起きる。秦川は昀城と渓城の合同チームを作り上げようとするが、小役人の縄張り根性が邪魔をして、なかなか上手くいかない。彼らを嘲笑うように犯行を繰り返す犯人。当時、街頭の監視カメラは普及していたが、その映像を確認するには人海戦術にたよるしかなかった(今ならAIが使えるのかな)。しかし、とうとうネットカフェの検索履歴から犯人の相貌が明らかになる。その結果、悉皆調査で見逃されていた犯人の住居と家族が判明し、2012年8月、犯人・張克寒は昀城市で捕捉され、手向かおうとしたところを射殺された。

 このドラマは、捜査が犯人にたどりつくまで、視聴者も秦川らと一緒に耐えるケースが多くて、かなりストレスフルなのだが、張克寒の事件だけは(秦川らが知らない)犯人の動きを同時並行で追っていく描き方だった。他の事件では、逮捕された犯人が、それぞれ印象深い供述をするのだが、張克寒は現場で射殺されてしまうため、この描き方を選んだのではないかと思う。

 次いで秦川は、2014年1月に清江市で起きた事件にかかわる。山上のテント拵えの賭博場が何者かに爆破され、多数の死傷者を出したというもの。爆破現場の草を刈り、土を攫う捜査を何日も続け、ついに犯行に使われたと見られるリモコンを発見する。これが手がかりとなって二人組の犯人を逮捕。

 しかし清江市には「清江両案」と呼ばれる積年の未解決事件があり、刑事たちの心痛の種になっていた。秦川は、特に婦女や児童が犠牲となった凶悪な未解決事件の重点的な再捜査に乗り出す。「清江両案」は1998年、警官が殺害されて銃を奪われ、続いて銀行の支店長一家が殺害された事件。「東林案」は林城市東林県で、三人の小学生が性被害に遭い、殺害された事件。「良城案」は1997年に始まる連続婦女殺人事件。「草河案」は若い女性の連続殺害事件。いずれもDNA鑑定や指紋鑑定など、新しい(そして費用のかかる)捜査方法の適用によって解決に至る。

 ただし実験室での鑑定だけで万事が解決するわけではない。東林案では、DNA鑑定によって、犯人は近隣住民の「顧姓の者」と血縁の可能性が高いという結果が示される。東林県の刑事・陶維志(富大龍)は、この可能性を頼りに、家譜や郷土史を読み込み、石碑を探し、車どころか自転車でも通えないような僻地の集落を訪ね歩く。この黄土平原の風景が素晴らしくよかった。

 タイトルを聞いたときは、難事件を次々解決するスーパー刑事が主人公かと思ったのだが、全然違って、ものすごく厚みのある群像劇だった。武老師と秦川の師弟関係(おじさんになった秦川を川児と呼び続ける)もよいし、ちょっと嫌な上司・胡兵(馮国强)も好きだった。汚い恰好で執念だけが取り柄の陶維志も、二人の刑事仲間とあわせて、だんだん好きになった。また、このドラマでは刑事たちだけでなく、犯人やその家族たちも、それぞれ生きた人間が描かれていたと思う。90年代から2000年代の中国では、とにかく金銭を得ることが人間の尊厳と結びついていたということを嚙みしめた。

 なお、ずっと舞台になる中昌省(架空の省)は、序盤の事件では暗くて雪深い北国なのだが、張克寒の事件では長江流域の重慶らしく、清江では背景に少数民族の舞踊が登場し(貴州とか雲南?)、東林案は西北地方の風景である。

1930年代の金融抗争/中華ドラマ『追風者』

〇『追風者』全38集(愛奇藝、2024年)

 1930年代の中国、国民党と共産党の抗争を背景に、金融業界に進んだ青年の奮闘と成長を描く。日本でも人気の王一博の主演ドラマなので、すでに日本でも配信・放映されているらしい。会計学校を卒業した苦学生の魏若来(王一博)は、上海で中央銀行への就職を目指していた。試験の成績は抜群だったが、共産党の革命拠点のある江西省出身であることが難点となった。しかし中央銀行の高級顧問である沈図南(王陽)は、若来の才能を惜しみ、私人助理(私設秘書)として身近に置き、金融業を学ばせる。若来もよく期待に応え、二人は師弟の交わりを結ぶ。

 あるとき、若来の兄・若川が上海に現れるが、彼は共産党の地下党員となっていた。そして共産党員の摘発を任務とする偵緝隊(警察隊)に見つかり、命を落とす。若来は兄がやり残した任務を継ぎ、兄を陥れた共産党内の裏切者への復讐を決意する。

 沈図南の妹・近真(李沁)は、ドイツ留学帰りで軍備に詳しいエンジニアという変わり者だったが、共産党の地下党員にして女スナイパーという、兄の知らない顔を持っていた。近真は、洋裁店の店主と見せて実は地下党員同志の徐諾(王学圻)と語らい、若来を共産党に勧誘することを考える。共産党は革命拠点に銀行を設立したものの、経済や金融に詳しい人材を必要としていた。若来は、次第に近真の正体に気づくが、共産党に対しては警戒を緩めなかった。

 沈図南は三民主義の信奉者で、国民党政府のために働くことに喜びを感じていた。しかし国民党の有力者には私利私欲で動く者が多かった。1932年の第一次上海事変の後、中央銀行は上海復興のための建設庫券(債券)を発行したが、有力者たちはその価格を操作して私腹を肥やした。割りを食ったのは庶民である。義憤に駆られた魏若来は、中央銀行と沈図南に別れを告げ、近真らに協力して、国民党政府の腐敗を告発する。その結果、本格的に追われる身となった若来と近真は、上海を離れ、江西省共産党根拠地・瑞金に赴く。沈図南は自分の信条に従い、国民党の側に留まりながら、妹たちの逃亡を助ける。

 その後、沈図南は共産党討伐を使命とする特派員を命じられ、偽紙幣をばら撒くなど、経済的な手段で共産党根拠地にゆさぶりをかける。沈図南の部下となった、もと偵緝隊隊長の林樵松(張天陽)は、攻撃の手段を選ばず、彼の仕掛けた爆弾で沈近真は命を落とす。正式に共産党に入党した魏若来は、共産党根拠地で採掘した鎢砂(タングステン)をドイツの商人に売り込み、国民党側の企む数々の障害を突破して交易に成功。1934年10月、共産党は長征の途に就いた。そして1936年末、再び上海を訪れた若来は、埠頭で沈図南の姿を見る。

 基本的に共産党の評価を爆上げする作りになっているのは、まあこの時代を舞台にする以上、仕方ないだろうとゆるい気持ちで見ていた。こういうドラマが面白いかどうかは、敵対側の描き方による。本作は、政治的信条は信条として、異なる道を行く妹と愛弟子を全力で助ける沈図南がカッコよくて目が離せなかった。ただ、最後は共産党根拠地で人々が幸せに暮らしている様子を見て、信条そのものが揺らいでしまうのは、ちょっと残念。

 好きだったのは張天陽さんの林樵松。何をやっても好きな俳優さんだが、古装劇以外で見たのは初めてかもしれない。頭の悪い、ダメな弟分の彪子を可愛がっていて、彪子が死んだあとは、自分も早晩死ぬ覚悟を固めていたように思う。沈図南の従来の秘書・黄従匀もよかった。魏若来に嫉妬しながら、脇目も振らずに沈図南に付き従い、最後は沈図南を護って命を落とす。演者の宋師さんはこれがデビュー作のようだ。本作には男女のパートナーシップも描かれるが、心に残ったのは、男性と男性の、BLではないけど特別に親密な関係だった。その最たるものは魏若来と沈図南。ラストシーンは、いかにも続編あります的な匂わせに感じられたが、さてどうなるだろう。

多民族世界のラブコメ/中華ドラマ『四方館』

〇『四方館』全39集(愛奇藝、2024年)

 東方の大国大雍(架空の王朝)の都・長楽城には、諸国の民が、交易や旅行・移住など、さまざまな理由で訪れていた。彼らの入国を掌るのが四方館。于館主のもと、東院・西院の二つの部署が置かれていた。

 元莫(檀健次)は定職もなく、父母の遺産で暮らす、酒好きの青年。16年前、父親の元漢景は四方使(外交大使)として焉楽国に赴いた際、政変に巻き込まれ、赤子の公主を助けるために、妻とともに命を落としてしまった。以来、ぼんやりと過ごしてきた元莫だが、ある日、焉楽国から流れ着いた少女・阿術と出会い、一緒に暮らすことになる。大雍の文字を学び、お金を稼いで、長楽城の戸籍を獲得することを目標とする阿術に影響されて、元莫も四方館の西院に出仕。西方の大国・焉楽国の康副使との交渉、宗教集団・紅蓮社の追及、焉楽国に対抗する西方五国との同盟など、次第に外交の才を発揮していく。

 【ややネタバレ】やがて阿術は、元莫の両親が命に代えて守った焉楽国の公主であることが判明。康副使は王権の簒奪者である龍突麒に仕えながら、貧しい村に隠した阿術の成長を密かに見守ってきた恩人だった。しかし阿術の幼なじみの少女・阿史蘭は、龍突麒の差し向けた軍勢に村が焼き払われた恨みを忘れず、自分は旧国王の血を引く公主であると虚偽を申し立てる。それをそそのかしたのは、焉楽国の刺客集団・無面人を率いる白衣客。阿史蘭は、危ない罠であることを知りつつ、復讐のため、白衣客に協力する。阿術は、幼なじみを救うため、自分こそ真の公主であることを明らかにし、阿史蘭は絶望して命を絶ってしまう。

 公主の責任を自覚した阿術は、龍霜公主として焉楽国に帰還する。付き従うのは四方使となった元莫。そして白衣客は、旧国王が身分の低い女性に産ませた男子、つまり阿術の弟だったことが判明する。白衣客は、龍突麒を殺害し、自ら王座に就こうとするが、元莫らと同盟諸国の協力によって阻まれ、西方に平和が訪れる。

 こうしてまとめてみると、よく考えられたストーリーなのだが、ラブコメ要素多めで、なかなか話が進まないので、私は最後までドラマに乗り切れなかった。主人公カップルはタイムスリップした現代っ子を見ているようだった。まあ中国ドラマらしく、過酷な経験を通じて、最後はずいぶん大人になるのだけど。

 むしろ脇役には魅力的なキャラが多かった。前半は王昆吾と尉遅華の武闘派カップルが楽しかったし、後半は安修義と林素素に涙した。安修義を演じた張舒淪さんは、『君子盟』の皇帝もよかったけど、この役で完全にファンになった。序盤は自尊心が高く、怒りっぽいのにヘタレという、典型的な嫌われ者のお坊ちゃんなのだが、最後は四方館の新しい館主に推されるに至る。人間的に成長した後のたたずまいが別人のようで感心した。今後も注目していきたい。

 北漠国の多弥王子も好きだった。演者の徐海喬さんは『夢華録』の欧陽旭の人か。今回も主人公カップルの気持ちを軽く騒がせる役だが、最後は阿術と元莫の危機を救う。あと、中間管理職の苦労の絶えない于館主(魏子昕)、一人娘の尉遅華に甘い父親の鄂国公(黒子)も好きだった。黒子さんみたいに、悪役の多かった俳優さんが人の好い父親役を演じていると微笑ましくて嬉しい。

 架空世界の物語ではあるけれど、「外交」や「移民」を中心に据えて描くのは、多様な民族と境を接してきた中国らしくて面白かった。逆に大雍国の皇帝が全く登場しないのは、中国ドラマとしては珍しいと思った。

鉄道と家族の現代史/中華ドラマ『南来北往』

〇『南来北往』全39集(中央電視台、愛奇藝他、2024年)

「南来北往」は、あちこち、せかせか動き回ることをいう成語である。ドラマの始まりは1978年、主人公の汪新(白敬亭)は中国東北地方の寧陽駅の管区内で「乗警」として働き始めたばかりの若者。私は80~90年代によく中国旅行に行っていたのだが、長距離列車に乗ると、必ずこわもての乗警(鉄道警察官)が乗っていて、身分証や切符をチェックにまわってきた。今は知らないが、なつかしい。

 汪新は幼い頃から父親と二人暮らし。父親は列車長で、鉄道関係者の社宅のようなところに住んでいる。機関士見習いの牛大力、牛大力の憧れである服務員の姚玉玲らもご近所住まい。汪新は、中学の同級生だった馬燕(金晨)のことをいつも気にかけていた。馬燕の父親・馬魁は経験豊富な乗警だったが、あるとき犯人を取り逃がし、しかも犯人が列車から転落して死亡したため、殺人罪に問われて12年間投獄されていたのである。母一人娘一人で苦労をしてきた馬燕。ようやく服役を終えて戻って来た馬魁は、乗警の仕事に復帰し、汪新の師父となる。

 こそ泥、人さらい、刃傷沙汰など、さまざまな事件に遭遇しながら警官として成長していく汪新。馬魁も汪新の素質を認め、期待をかけるようになる。しかし馬燕と汪新の結婚だけはどうしても許さない。馬魁が殺人罪に問われた事件の日、汪新の父親・汪永革は同じ列車に乗務しており、馬魁に落ち度がないことは証言できたはずなのだ。それをしなかった汪永革を、馬魁はどうしても許せなかった。

 【ややネタバレ】あるとき、馬魁に詰問されたショックで昏倒した汪永革は、健忘症を発症してしまう。記憶を失う前に真実を明らかにする決意を固めた汪永革は、事件の日、誤って犯人を突き落としたのは自分だったと告白する。母親のいない汪新をひとりにすることができず、汪永革は事件を黙秘したのだった。動揺する汪新と馬燕。しかし、少しずつ時間をかけて、過去のできごとを受け入れ、馬魁の許しを得て結婚にこぎつける。これが90年代初頭(二人とも30代?)だったと思う。

 1996年の旧正月、馬魁と汪新は麻薬密売組織の黒幕を追って、沿線都市の哈城にいた。黒幕とは、常連の乗客として馬魁たちと旧知の間柄で、汪新の同僚・姚玉玲と結婚した資産家の賈金龍だった。手下とともに逃亡した賈金龍は、列車の車内で馬魁と汪新と対決することになる。そして賈金龍は捕えられたが、揉み合いの末、馬魁は刺殺されてしまう。いや、最終話ですよ。ここでハッピーエンドにしないところが中国ドラマらしい…。最後は2017年、馬魁の墓参に集まった家族・友人たちと、最新鋭の鉄道車内で、定年退職を迎えた蔡小年(汪新の同僚)が、鉄路の発展を祈念するスピーチで全編が終わる。

 実際は、もっとさまざまな人々が入り乱れ、70年代末から90年代の地方都市の生活風景がリアルに展開する。80年代半ばくらいまで、列車内のカオスなこと(座席の下や網棚で寝ていたり)は凄まじいのだが、人情の濃密さには、ちょっと憧れを感じる。攫われた娘を探すため、いつも列車に乗っている盲目の爺さん(倪大紅)(もちろん無賃乗車)と、それを許容する服務員とか。車内に置き去りにされた赤ん坊を実子同然に育てることになる馬魁夫婦とか。近所住まいの人々が家族のように一緒に祝う結婚式の描写もよかった。

 姚玉玲に振られた牛大力が、一念発起して深圳に渡り、ひとまずの成功を収めたらしいのに対して、賈金龍になびいた姚玉玲は、最後にちらりと零落した姿を見せる。こういう運命のすれ違いは、実際に中国社会のあちこちであったのだろう。

 馬燕は、自分で商売をやりたいと父親に懇願し続けるのだが、昔気質の馬魁はなかなか許さない。どうして馬燕は、こんな父親を棄てて飛び出さないんだろうと何度か思ったが、やっぱり中国人にとって家族の重要さは日本人とは違うのだろうか。なお、頑固一徹の馬魁だが、料理や掃除など、家のことは当たり前にする父親である。このドラマ、本当の主人公は馬魁(丁勇岱)だったように思う。そして裏主人公は汪永革(劉鈞)で、もうろくしてヨボヨボしながら、馬魁よりも長生きするのがおもしろかった。どちらも、いま中国ドラマで父親役には欠かせない俳優さんだと思う。