見もの・読みもの日記

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恋の手本となりにけり/映画・国宝

〇李双日監督『国宝』(TOHOシネマズ日本橋

 原作は全く知らなかったが、出演者もいいし、題材にも興味があるので、公開されたら必ず見に行こうと決めていた。そして比較的早めに見に行ったのだが、作品の重量に圧倒されて、なかなか感想をまとめられなかった。

 物語の始まりは1964年(これはネットで調べた)、上方の歌舞伎役者の花井半二郎は、興行先の長崎で、地域の顔役・立花組の宴会に顔を出し、座興の舞台に立った女形の少年に魅了される。少年・喜久雄は立花組の組長の息子だった。しかし、その日、武装した敵対勢力の襲撃を受けて喜久雄の父親は命を落とす。天涯孤独となった喜久雄は父親の仇を討とうとするが失敗。半二郎は喜久雄を引き取り、部屋子として育てることに決める。

 半二郎には喜久雄と同い年の息子・俊介がいた。二人は競い合いながら成長し、やがて喜久雄(東一郎)と俊介(半弥)の若手女形コンビとして脚光を浴びる。あるとき、半二郎が事故で怪我をしてしまう。予定されていた舞台「曽根崎心中」のお初の代役に、半二郎が指名したのは喜久雄だった。俊介は喜久雄を祝福するが、その舞台を見て、喜久雄のとてつもない才能を知った俊介は出奔してしまう。

 しばらく時が流れ、糖尿病の悪化した半二郎は、もうひと花咲かせようと白虎を襲名し、自分の名跡を喜久雄に譲る。しかし襲名式の舞台で倒れ、帰らぬ人となってしまう。唯一の後ろ盾を失った喜久雄に周囲は冷たかった。父の死を知って帰ってきた俊介は再び舞台に戻り、注目を浴びる。焦る喜久雄は、先輩役者・吾妻千五郎の娘の彰子を誘惑し、婿に収まることを狙うが、大激怒されて歌舞伎の世界から放逐される。彰子と二人で仕事を求めて、地方のホテルの宴会場などドサまわりの日々が続く。

 そんな喜久雄に手を差し伸べたのは俊介だった。「二人道成寺」は再び喝采を浴びる。しかし舞台で倒れる俊介。(父親譲りの)糖尿病で片足が壊死を起こしていたのだ。左足の膝から下を切断して義足とし、さらに、残る右足もいつ切断せざるを得なくなるかもしれない状況で俊介は「お初がやりたい」という。俊介の覚悟のお初を、徳兵衛として支える喜久雄。このあと、俊介の出番がないのは、彼は若くして世を去ったのだろうと思う。

 喜久雄には若い頃に付き合って、子供を設けた祇園の芸妓がいた。2014年、老境を迎え「人間国宝」に認定された喜久雄は、メディアのインタビューを受ける。写真撮影を担当した女性カメラマンは、すっかり縁の切れていた、喜久雄の実の娘だった。娘は、悪魔に魂を売って芸の極みを目指した父の生き方を非難しながら、その類まれな美しさを認める。そして娘の言葉を体現するような「鷺娘」の舞台で幕。

 主人公・喜久雄を演じた吉沢亮、もちろんイケメンだけれど、整いすぎた顔立ちで女形は合わないんじゃないかと思ったが、大役・お初を演じ切り、下りた幕の内側で呆然とする横顔の、まだ役のお初が抜けきれないところに、初々しい喜久雄がブレンドされた美しさが絶妙だった。最後の鷺娘も素晴らしかった。それ以上に印象的だったのは、落ちぶれたドサまわりの最中、田舎町のビルの屋上で、酔っぱらって、崩れた化粧で、ふらふらと踊る姿の凄絶な美しさ。

 横浜流星の俊介は、実は喜久雄以上に難しい役だったんじゃないかと思う。一世一代のお初。残った右足にもすでに壊死が始まっていて、爪の崩れた醜い足先を喜久雄の徳兵衛が喉に当てるのである。「曽根崎心中」のあのシーンをこう使うか!という脚本(原作)の巧妙さに唸った。花道で何度も転びながらの道行、最後の「恋の手本となりにけり」が、歌舞伎という芸に恋した男たちの姿を称えるようにも聞こえた。しかし、そういう小細工以上に、喜久雄のお初のセリフ!!発声が素晴らしい。私は「曽根崎」を文楽でしか見たことがないのだが、歌舞伎でも見てみたくなった。あと二人の少年時代を演じた黒川想矢くん(少年喜久雄)、越山敬達くん(少年俊介)もよかった。

 上のあらすじでは省略してしまったが、人間国宝女形の歌舞伎役者・小野川万菊を演じた田中泯さんは、ほとんど人外(人でないもの)みたいなキャラクターだが、この物語に説得力を与えていたと思う。役者の「業」を抱えた男たちに翻弄されながら寄り添う女たちも、それぞれ印象的だった。

 映画館で見終わった後、あまり数多く映画を見ていない私が連想したのは『さらば、わが愛覇王別姫』だった。だが、同作に言及している感想や批評はないかなと思っていたら、李相日監督が上海国際映画祭の舞台挨拶で、学生時代に『さらば、わが愛』を観て衝撃を受けたことが本作の背景にあると語ったそうで、ちょっと嬉しかった。しかし『さらば、わが愛』に描かれたような政治的な激動は本作にはない。それは本作の舞台である戦後50年余りの日本社会の幸せかもしれない。