この夏、ずっと書店の目立つ棚にあって、気になっていた本。安保法案の国会審議が一段落した(全て終わったとは思っていない)ところで、ようやく本書を読む機会を得た。ごく最近、書店に並んだ本のような気がしていたが、実際は2007年の刊行。第一次安倍内閣の時期で、ああ、集団的自衛権って、あの頃から問題化していたのだということをあらためて認識した。はじめに、安倍総理とその支持者が口にする、国連憲章51条には、国連加盟国には個別的かつ集団的自衛権があることが明記されているのだから、日本も自然権としての集団的自衛権を有する、という主張について。これに対しては、国連憲章が認めた権利であっても日本は憲法によってその行使を放棄している、という反論を聞いてきたが、本書は、国連憲章51条の成り立ちを踏まえ、原案にはなかった集団的自衛権が、様々な議論を経て、厳格な条件(武力攻撃が生じた場合のみ)を課した上で修正承認されたことを実証的に示している。
1981年、イスラエルはイラクのオシラク原子炉(稼働前)を空爆によって破壊し、この原子炉はイスラエルを標的とする核兵器を製造を目的としたもので、空爆は自国の安全を守るための行為だったと主張した。安保理は非難決議を採択し、日本代表も、イラクによる武力攻撃がなかった以上、イスラエルの武力行為を正当化する余地はないと主張した。まだ世界の大多数は「まとも」だったと思われる。
けれども、2002年、米国ブッシュ大統領は「米国の国家安全保障戦略」(ブッシュ・ドクトリン)において、防衛のために「先制的に行動すること」の重要性を説き、翌年にはイラク戦争を開始する。「恐ろしい日が来る前に、行動するのが手後れになる前に、危険を排除する」というのが、ブッシュの開戦(=自衛権の発動)の論理である。著者は、この先制攻撃論がアメリカ外交の伝統であることを指摘するとともに、「先制攻撃の拡散」(イランや北朝鮮も同じことを主張し得る)が国際政治にもたらす危険性を指摘している。そして、日本が集団的自衛権を議論するとき、その自衛権概念が、国連憲章51条に基づくものか、ブッシュ・ドクトリンに基づくものかが素通りされていることに危惧を表明している。
2015年の安保法案論議においても、この点の説明は曖昧だったと思う。安倍総理の本音は、ブッシュ・ドクトリンの先制攻撃論に与していると思われるが、集団的自衛権の根拠に国連憲章を持ち出してきたりして分かりにくかった。
次に著者は、戦後の日米関係を振り返りながら、集団的自衛権の前提となる憲法改正がどのように論議されてきたかを検証する。興味深いのは、自民党結党時の改憲の論理には、憲法や教育基本法だけでなく、安保条約も「押しつけられた」という認識があったという指摘である。したがって、再軍備による「自主防衛体制」の整備は、米軍撤退・米軍基地の撤去とリンクしていた。1955年、訪米した重光葵は、日本国内のアメリカ軍の全面撤退を含む試案を用意していったが、ダレス国務長官は受けつけなかった。日本が集団的自衛権を行使して「米国を守る」ことよりも、米国が日本の基地を特権的に維持し続けることのほうが戦略的にはるかに重要だったため、と著者は解説する。ううむ、「沖縄」と「安保法案」に揺れた2015年の夏を経て、米国から「真の独立」を成し遂げようとした当時の自民党の気概はどこにいってしまったのかと考える。
それから、60年日米安保の岸政権における集団的自衛権の認識を出発点として、90年代以降、じわじわと加えられてきた解釈の変更を検証する。推進力となったのはアメリカの圧力である。2007年7月刊行の本書は、同年2月にまとめられた「第二のアーミテージ報告」が、解釈改憲による見切り発車を勧告していることにも触れている。
最終章は、米国支持一辺倒でない「日本外交のオルタナティブ」が模索されている。それは「非武装を生かしてゆく」道である。北東アジアの非核化や宇宙兵器の禁止条約に取り組み、紛争地域への兵器輸出を規制する国際的な枠組み形成のイニシャチブを取れ、という提言は魅力的だ。しかし、「武器輸出三原則によって、少なくとも公的には武器輸出を行ってこなかった」という日本のユニークな立場は、もはや失われつつあるのかもしれないが。