○京都国立博物館 特別展覧会『筆墨精神-中国書画の世界-』+特集陳列『生誕125年記念 篆刻家 園田湖城』(2011年1月8日~2月20日)
中国絵画はともかく、書となると、ちょっと敷居が高い。まして篆刻ねえと構えていたが、中国好きの友人に同行してもらったこともあって、はじめから終わりまで楽しめた。あまり真面目に下調べをしていなかったので、会場に入って、あれ!?と思うことが多かった。
第一に、同展は上野コレクション(上野理一氏旧蔵)の寄贈50周年を記念する展覧会で、現在も上野家が保有する作品を併せて展示、ということまでは聞いていたが、東京の台東区立書道博物館、三井記念美術館など、関連施設から多数の優品が集められている。中国南北朝時代の『三国志呉志』は、書道博物館本(中村不折旧蔵)約10行分の断簡にきっちり接続する隣りの行から80行分が上野家に伝わっている。トルファン出土。国宝『大智度論残巻』(京博、大谷探検隊将来品)はクチャ出土。クチャもトルファンも行ったのよ!なんて自慢話をしたり、唐鈔本の欠筆を探したりして楽しむ。
第二に、上野理一氏の蒐集品は、全て羅振玉らを通じて、同時代の中国からもたらされたものかと思っていたら、そうではないらしい。国宝『漢書楊雄伝』(上野家)は平安時代の加点奥書を持っているし、国宝『王勃集』(上野家)は興福寺伝来だという。さらに、私は根本的に勘違いしていたことがあって、ヲコト点や仮名の書き入れがあったり、紙背に日本語文献があるものは、オモテ側の本文も日本で筆写された文書だと思い込んでいたが、そんなことはない。古えの日本人は、中国伝来の鈔本にも堂々と書き入れをしたし、不要になれば裏の白紙を有効再利用していたのだ。ええ~貴重な唐鈔本に!と青くなるのは、全く現代人の感覚なのである。
法帖(拓本)の世界は面白い。六朝時代の書を唐代に臨模して石刻したものの宋拓とか、唐代の碑の宋拓をもとに明代に重刻し、宋代の紙と墨で取った明拓とか、よく分からない情熱である(笑)。呼びものの王羲之『十七帖(宋拓)』は「名品と収集余光」と題した別室に展示されていた。丸みを帯びた柔らかな書跡で、日本人好みな感じがする。それにしても、故宮博物院の『快雪時晴帖』みたいに、まわりに皇帝の印がベタベタ押されていないのがいい。(そういえば、この書画展覧会、歴代皇帝の印をほとんど見なかった!)
なお、この「名品と収集余光」の部屋には、上野家ゆかりの日本の書画(法華経冊子、古今和歌集など)も多数出ていて、びっくりした。
「文人の世界」では、朱熹の『論語集註』自筆草稿に驚き(こんなのが日本にあっていいのか!)、王守仁(陽明)の家書巻(書簡集)は意外と解読できるので、性格の細かさに苦笑する。明人の自然でのびやかな書跡と、清人のかしこまった(金石文の影響が大きいの?)書跡を比べると、あらためて両時代の文化の性格の差がうかがえて面白かった。
後半では、篆刻家・園田湖城が蒐集した、おびただしい数の秦漢古銅印(和泉市久保惣記念美術館所蔵)と、彼の創作作品を楽しむ。古銅印は、握れば掌に隠れてしまう程度の小さなものが多い。つねに量と大きさで人を驚かす中国文化においては、非常に異質な感じがした。10種類近い(?)印が収納できる「便利グッズ」みたいな印鑑もあって、ちょっと欲しくなった。
最後にひとりごと。雑誌『印印』(古璽印印)は、さすが京大人文研が持っているのか…。