見もの・読みもの日記

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2011秋の九州遊:福岡/地上の天宮 北京・故宮博物院(福岡市美)

福岡市美術館 特別展示 日中国交正常化40周年記念『地上の天宮 北京・故宮博物院展』(2011年10月18日~11月23日)

 九博の『草原の王朝 契丹』を見に東京から遠征したついでだったので、あまり期待はしていなかった。まあデパートの客寄せ展示くらいかな?という感じ。そうしたら、意外と展示品の量も多く、バラエティに富んで面白かったので、図録まで買ってきてしまった。

 展示会趣旨によれば、明・清両宮廷ゆかりの品、約200点を展示という。ただし、会場によって(計10ヶ所巡回予定)展示替えがあるようだ。中国史の予備知識がなくても、魅力を感じとれる服飾、宝飾品が多く選ばれている。しかし、できれば、登場人物たちに多少の知識があるほうがいい。「珍妃の印」(左半分は満文なのか?)を見れば、悲劇の王妃の最期にしみじみ思いを致し、「光緒帝の大婚のために作られたオンドル用の敷物」を見れば、数々の吉祥文で彩られた金色の双喜字とは裏腹に、母親(西太后)から意に添わない花嫁を押しつけられた皇帝の心中がしのばれる。『光緒帝大婚典礼全図冊』はすごい。展示場面は、会場によってA, Bが割り当てられているのだが、A(神戸、名古屋、東京、新潟、福島 ※後述)のほうが、圧倒的に見応えあり。

 地味な書籍だが『大明仁孝皇后内訓』は、明の永楽帝の皇后が、女性の教育のために著した訓令・訓示、という解説を読んで、徐皇后(明建国の元勲・徐達の娘)か!と、なつかしく思った。最近、明史にハマっていたので。

 途中、美しい彩色で女性たちの風俗を描いた画巻があって、近づいたら、南宋の『女孝経図巻』だというので、びっくりした。9つの画面の1つしか開いていないが、残りはモニタのデジタル画像で見ることができる。『韓煕載夜宴図巻』は、原本は五代(10世紀)の作で、展示品は1950年代の模写だというが、古色までよく写している。南唐の宰相・韓煕載が美しい妓女たちと戯れる夜宴の様子を描く。けっこう描写があけすけで、面白い。他にも本展には、明清の風俗画(仕女図)や、人物にフォーカスした歴史画、風景画などがあって、日本人に知られている中国絵画って、偏りがあるなあ、と感じた。

 今回、見られなくて残念に思ったのは『乾隆帝及妃威弧獲鹿図』。これ、見たい! いやーカッコよすぎだわ、この皇帝夫妻(※小さい画像は、こちらにあり)。

 ひとつ本展に文句を言いたいのは、上記の作品名は『乾隆帝…』になっているが、別の絵画に『弘暦元宵行楽図』というのがあって、弘暦は乾隆帝の本名なのだが、分かりにくい。原題にとらわれず、日本人向けの表記を工夫してくれないかなあ。あと『胤妃行楽図軸』という12幅の美女図、これも「雍正帝がことのほか好んだ」という解説を読んで、しばらく考えてから、胤が雍正帝の本名であることに思い至った。私の記憶が間違いでなければ、会場では「明」時代の作品と表示されていたのが、さらに混乱のもと(図録では「清」)。しかし、そう間違う気持ちも理解できる。后妃たちは全て、たおやかな漢人ふうのファッションなのだ。図録に寄稿された入江耀子さんは、清朝では、満州族と漢族との通婚が禁じられたにもかかわらず、皇族とそれに準ずる階級に限って漢族女性を満州族とみなす抜け道があり、「そのような手段で雍正の後宮に招かれた寵妃たちであったかもしれない」と述べている。そうかな。私は、雍正帝本人も大好きだったコスプレの一種じゃないかと思うけど…。しかし、この后妃図、美しい上に、画中の小道具がいちいち意味ありげである。

 このほか、宮廷の日常生活をしのばせる、皇子・皇女用の腹掛けや子ども靴、虎の顔のついた帽子、バスタブ、手あぶり、マージャン牌(現代と変わらない)、燕の巣(ええ~)、大型犬用の服まであって、笑った。『百物図』という題簽のついた冊子は、ラストエンペラー溥儀が、子どもの頃に絵や文字を練習したもので、会場では、千字文を記したページが開いていた。西太后(慈禧)の描いた『魚藻図』が、全く巧くないのに、あまりに堂々としているのにも笑ってしまった。「地上の天宮」というけれど、むしろ見終わると、故宮の住人たちの人間味を感じる展覧会である。

 本展は、今年5~7月、東京富士美術館から巡回が開始されるはずだったが、震災の影響で延期となり、7月の北海道が皮切りとなった。全10会場を巡回予定だが、福島だけは会期会場が決まっていない。残念だが、無理はしないでほしいと思う。東京富士美術館のサイトには、2012年春の開催に向けて、すでに詳しい特設ページが設けられている。