○東京国立博物館 特別展『台北 國立故宮博物院-神品至宝-』(2014年6月24日~9月15日)
7月に「翠玉白菜」を見に来た展覧会であるが、わずかながら展示替えがあるので、後期も見に行った。息苦しいような混雑は緩和されたが、それでも思ったより人の姿が多い。序盤は王羲之の書が1件減っているだけで、大きな動きはなし。
南宋絵画のあたりから変化が出始める。『折檻図軸』は引っ込んで、代わりに馬麟の『静聴松風図軸』。地を這うような松の枝に腰を下ろした文人の流し目があやしい。額の透ける帽子を被っている。『擣衣図巻』は、官女たち(たぶん)が布を織り、きぬたで打ち、裁断・縫製する一部始終を白描で描く。白描だけど「影」をつけて立体感を出そうとするあたりが、線に対するこだわりの強い日本絵画との違いだろうか。
元代文人絵画では『赤壁図巻』が新出。色のない紙本墨画。料紙を縦長に切り継いでいるらしく(※『当麻曼荼羅縁起絵巻』みたいに)画面が広い。その縦幅いっぱいに切り立った崖が描かれ(細身の白菜みたいに見える)、下を小舟が通り過ぎていく。あれ?崖に「赤壁」って刻まれていない、と思ったが、当たり前か。横長の展示ケースに軸物がダーッと広げてあったので、長軸の絵巻なのか?と思って近寄ったら、絵画は冒頭の1場面だけで、後には「追和坡仙赤壁詞韻」と題した詩(らしきもの)が書かれている。1行4~5字をおさめる大文字の書。豪快で勢いがあって、見ていて気持ちがいい。
ほかの作品は再見だったが、元代の絵画は、江戸の文人絵画の祖先だなあと感じるものがあった。呉鎮筆『漁父図軸』のやわらかな山容、倪瓉(げいさん)筆『紫芝山房図』の空漠。そこに皇帝の印がある孤高の哀しさが何ともよい。
会場後半の玉器や青銅器は、前回、あまり印象に残っていなかった(そろそろ疲れていた)ので、あらためて鑑賞。足つき洗面器みたいな、殷時代の『蟠龍文盤』は、めずらしく盤の内部にとぐろを巻いた龍が鋳造されている。饕餮文(とうてつもん)に似ているが、ちょっと違う。『倗祖丁鼎(ほうそていてい)』は重さ100キロ近く、故宮文物の中でも最重量級だというが、よくぞ台湾まで運んだものだ。
清朝皇帝のコレクションに至り、『松鶴翠玉挿屏』の濃い緑色に見とれる。翡翠の色味にもいろいろあって、糸魚川産は、白っぽい(もしくは空色っぽい)が、乾隆帝の好みは松のような渋く古風な濃緑色だったのだろうか。『帝鑑図説』は、今の日本のリーダーたちに突き付けたいと思いながら眺めた。このセクションにあるはずの蘇軾筆『行書黄州寒食詩巻』が見つからなくて、会場内をきょろきょろ。案内係のお姉さんに聞いたら、少し先にあるという。
そして、見つけた! これは書跡もいいが、詩の内容もいい。日本人の私にも読める。「読める」というのは、意味が分かると同時に、中国語初学者の私でも「音」の分かる平易な単語(漢字)しか使っていないのだ。にもかかわらず、内容が深く、込められた感情はシリアスである。 蘇軾の詩の直後に黄庭堅が「東坡此詩似李太白」と評しているのも納得。なお、内藤湖南の跋文には、この詩巻が、かつて日本の関東大震災に遭い、所蔵者だった菊池惺堂が、これと李龍眠の瀟湘巻を煙火の中から救い出したことが語られている。※追記:「李龍眠瀟湘巻」と湖南先生の跋文にあるのだが、現在は「舒城の李という画家」(文化遺産オンライン)ということになっている。
確か『瀟湘巻(瀟湘臥遊図巻)』も展示中だと聞いていたので、あとで東洋館に見にいこうと思っていたら、本館の国宝室に出ていた。同巻の跋文は何度か目にしたことがあって、関東大震災の煙火から救い出されたことは知っていたが、こちらは『黄州寒食詩巻』への言及がないのだな。
気のせいか、今月は本館の常設展示に目新しい展示品が多くて面白かった。東博公式サイトの説明によれば、3室(仏教美術)の絵画は「特別展『台北 國立故宮博物院-神品至宝-』に関連させてモチーフや色使いの面で中国美術の影響が顕著な作品」を取り上げているとのことで、そうした配慮が影響しているのかもしれない。東洋館8室(中国書画)では『趙之謙の書画と北魏の書-悲盦没後130年-』(2014年7月29日~9月28日)を開催中だった。
追記。いつもは素通りしている平成館1階の「日本の考古」を見てみた。掲げられている年表は、私が教科書で習ってきた、なじみ深いものだったが、前日まで北海道のいくつかの博物館で見ていた年表・時代区分が頭に残っているので、なんとなく違和感がある。「日本」の歴史はひとつじゃないということを再認識した。