新年度が始まった今週、東京に出る機会があったのを幸い、夕方から上野に向かった。午後4時前に東博に入ったが、会場内は、まだうんざりするくらい混んでいた。とりあえず、阿修羅像のまわりの混雑具合を確かめておこうと思い、「第1章 興福寺創建と中金堂鎮壇具」をすっ飛ばして「第2章 国宝 阿修羅とその世界」に歩を進めた。どれほど凝った演出が?と期待していたのだが、簡素な長方形のホールの左壁際には八部衆、右壁際には十大弟子像が、衛兵のように並ぶ。中央には、つめかける観客を想定して、十分な通路が確保されている。なるほどね。けれども、見渡しても、どこにも阿修羅像の姿がない。阿修羅はどこ?
実は、阿修羅像に会うには、このホールを抜けて、次の展示室に進まなければならない。上りスロープのトンネルを抜けると、まずバルコニーから阿修羅像に対面し、再びスロープを下って、ようやく阿修羅像のそばに立つことができる。直前に短い解説パネルが掲げられているが、「6本の長い腕が空間に広がる姿は実に美しい」って、それは讃辞であって解説じゃないだろ、とツッコミたくなる。
初めて見る露出展示の阿修羅像は、やわらかな照明の効果で、全身が明るい肌色に輝き、蜜蝋の下から赤色が透けるように感じられた。条帛の縁に残った金箔が鋭く光る。上下から均等に光が当たっているため、陰影が弱くて、自ら発光しているようにも見える。左斜め前に立って、正面と左脇面の顔を見比べてみると、唇を噛んだ左脇面がやんちゃな幼児のように感じられるのに対して、正面の顔は青年の落ち着きを感じさせる。右脇面は、その中間くらいの年頃か。右斜め後ろから見たときの横顔が、女性のように美しい。
様子が分かったので(逆走を避け)いったんロビーに出て、第1展示会場にもう一度入りなおす。文物展示をゆっくり見たあと、法隆寺からの特別出品『阿弥陀三尊像(伝橘夫人念持仏)』に釘付けになってしまった。私は、蓮池を模した「底板」が大好きなのだが、「背板」の美しさにあらためて気づいた。屏風のような山形の背景と円形の光背の二重構造になっている。屏風に刻まれた4人の天女の姿態が変化に富んでいること、左右の端が折れ曲がるようになっていること、小さな化仏の天蓋や光背の網目の精巧さ、三尊を載せた蓮の茎が円形運動を示すようなねじれ方をしていること。とにかく何もかも、精巧で愛らしくて美しいのである。
それから八部衆と十大弟子を丁寧に見ていく。沙羯羅(さから)立像のふっくらした頬っぺたがいいなあ。幸せ?それとも不幸せ?なんて大人の質問を投げかけられて、答えにつまった内気な少年の趣きがある。十大弟子ではサイボーグみたいな舎利弗立像がいい。再び阿修羅像の前に出ると、17時を過ぎて、さっきよりだいぶ観客が減った。おっと、第2会場があるんだったな、と思って、そちらに急ぐ。
第2会場は「第3章 中金堂再建と仏像」と題した鎌倉仏(運慶流)の世界。観客の行手を塞ぐように並べられた、力の籠った四天王像(邪鬼もすごい)は、運慶の父である康慶の作。ミケランジェロみたいだ! 奥で微笑む薬王・薬上菩薩立像も(台座を合わせると)たぶん4メートル近い巨像である。
閉館時間が迫ってきたので、もう一度、第1会場から巡りなおし。阿修羅像の前に出ると、男女4人の職員が、露出展示の阿修羅像を四方からガードしていることに気づいた。さっきまでは「ゆっくり時計回りにお進みください」を繰り返していたが、さすがにもう無言である。四天王みたいで可笑しかった(天部を天部が守護してどうする、とか言わないでね)。最後の別れを惜しむ20人ほどの観客が、次第に輪を縮めていくありさまが、無言劇を見ているみたいだった。18:00ジャストに「蛍の光」が流れ始めたので、私はそっと合掌してその場を去った。
■展覧会公式サイト
http://www.asahi.com/ashura/
今回、グッズのレベルが高すぎて、却って手を出しにくかった。
■興福寺公式サイト(2009年3月30日リニューアル)
http://www.kohfukuji.com/
これもレベルが高い。「古写真ギャラリー」には驚嘆。つくったの、どこの業者だ?
■おまけ:雑誌「BRUTUS(ブルータス)」No.660(2009/4/15号)「仏像」特集
山口晃さんのコママンガ「慶派台頭」が文句なく秀逸。シャチョー!(康慶さん)
http://magazineworld.jp/brutus/660/
