午前中に和歌山-道成寺を往復したあと、午後は県立博物館へ。チケットを買おうとして、この週末は「関西文化の日」にあたるため、入館無料だと知る。ここの特別展は、縦長の2つの展示室を使って行われることが多いが、今回は入ってすぐの広い部屋が第1展示室になっていた。中央に立つのは、道成寺本堂本尊の千手観音菩薩立像(奈良時代)で、天井の高い空間に長身が映える。周囲の壁には、道成寺のさまざまな仏像の写真が、等身大のバナーで展示されている。午前中に見てきたばかりの宝仏殿本尊の千手観音と日光・月光菩薩、釈迦如来と両脇侍像など。自分が道成寺に戻ってきたような、不思議な感覚を味わった。
順番どおり見ていこうと思い、展示ケースに向き合うと、意外なことに仏像でも絵巻でもなく、大きな銅鐸が冒頭に出ていた。宝暦12年(1762)道成寺南方の鐘巻(地名)から出土した弥生時代後期(1~3世紀)の銅鐸である。本体のまわりを囲む平たい「鰭(ひれ)」があり、その上に円盤を並べたような「双耳帯」あるいは「飾耳」がいくつも飛び出ていて華やかである。道成寺縁起との連想で「釣鐘」を思い出す上に、鰭(ひれ)の文様が三角つなぎの鱗文ではないか。これは蛇だ。釣鐘に巻きつく蛇の物語が、弥生時代から用意されていたようで、とても不思議な気持ちになった。地名に由来する「鐘巻銅鐸」という名前も不思議なめぐりあわせだ。
展示パネルの解説によると、道成寺は箱谷古墳群(6世紀頃?)のある尾根の先端に位置するという。午前中、本堂の裏にまわって眺めた裏山の風景を思い出す。勾玉、ガラス玉、土器、鉄刀などの出土品を興味深く眺める。奈良・平安の道成寺の隆盛を伝えるのは、もちろん仏像である。本尊はいいなあ。千手観音だけど頭上面がなくて、つるっとした頭巾を被ったような姿をしている。太い脇手が脇腹ではなく肩から流れ落ちるように付いていて、肘の曲げ方にきれいな抑揚がある。後ろ姿も美しい。仏手や光背の一部など、部材の断片が多数保存されていることは、寺を守ってきた人々の信仰の深さを感じさせた。摩滅して本来の姿を失いかけた、小さな迦楼羅立像や六牙の象2躯も伝わっていた。
写真展示も多数あったが、秘仏・千手観音はグレーのシルエットに加工してあり、「秘仏のため画像の公開に配慮を施しています」という注記に笑ってしまった。あと、色紙を貼り継いだ『千手千眼陀羅尼経』の美しさには息を呑んだ。道成寺にあった梵鐘が京都・洛北の妙満寺にあるというのは覚えておこう。
第2室は「日高川流域の熊野信仰」をテーマとする。文書類多数。道成寺周辺には熊野への参詣路が通っており、王子社が設けられていたのだな。切目金剛童子とか、仏法の守護神であると同時に荒ぶる神の面影が透けて見えて怖い。熊野神を勧請した下阿田木(しもあたぎ)神社の男神坐像(写真展示)は熊野速玉神社の家津御子大神坐像に似ている、という解説があり、ふっと振り返ったら、その家津御子大神坐像が出陳されていてびっくりした。
第2室の後半から第3室にかけては「道成寺縁起」がテーマ。道成寺蔵の『縁起』(室町時代)は上巻・下巻ともばっちり広げてあった。安珍の身なりは山伏風。清姫はムチムチと白い手足が逞しく、怒りと執念によって鼻が伸びて獣めいた顔になり、さらに上半身だけが蛇に変わったところは、蛇体そのものよりも生々しくて恐ろしい。足利義昭がこの絵巻を見て「天下無双之縁起」と称賛したというのは、何を考えていたのだか。画風が南都絵師・芝琳賢に似ているという指摘も面白かった。ほかにも絵巻や絵解き図の諸本が展示されていたが、私は、写真のみ参考展示されていた根津美術館の『賢覚草紙』(室町時代)が好きだ。大蛇の描き方が大胆でかわいい。シン・ゴジラの鎌田くんっぽい。
読み応えのある図録も購入でき、大満足の展覧会だった。
■和歌山県立近代美術館 『コレクション展2017-秋』+特集展示『NANGA 俗を去り自ら娯しむ』(2017年9月20日~12月17日)+特別展『アメリカへ渡った二人 国吉康雄と石垣栄太郎』(2017年10月7日~12月24日)
和歌山の県立博物館には、これまで何度か来たことがあるが、隣りの近代美術館はいつも素通りして一度も入ったことがなかった。この日は時間があったので、コレクション展に続けて「NANGA(南画)」展を見ようと思って寄った。普通にイメージする南画(文人画)の祇園南海とか野呂介石とか富岡鉄斎のほか、近代日本画の今村紫紅、小野竹喬、土田麦僊などもあって楽しめた。
特別展はあまり気乗りがしなかったのだが、「関西文化の日」で無料ということもあって入ってみた。そうしたら鈍器で頭を殴られたような、予想外の重たい衝撃を受けてしまった。国吉康雄(1889-1953、岡山出身)と石垣栄太郎(1893-1958、和歌山出身)は、移民として渡米し、戦前のアメリカで活動した。どちらの作品も、単に美しいのではない、時代と社会を告発する、不敵で不逞な魅力に満ちている。二人の作品は、間違いなく20世紀アメリカ美術の一部だと思うのだけど、アメリカという「国家」はなかなかそのことを認めなかった。芸術と国家・国籍、あるいは移民芸術というものについて、いろいろなことを考えさせられた。いつか太地町にあるという石垣栄太郎の記念館(太地町立石垣記念館)に行ってみたい。
まだ時間に余裕があったので、美術館の2階にあるブックカフェ「Bring Book Store」でひと休み。こんなところにこんな洒落たカフェがあったのか! 軽い食事もできるじゃないか。知らなかった。

そして和歌山から関西空港へ。夜の飛行機で福岡に移動するのである。つづく。