平成21年(2009)に始まった平成大修理の完了、金堂の落慶を記念し、平成29年(2017)に国宝に指定された大日如来・不動明王・降三世明王の「新国宝三尊」の特別拝観があるというので行ってきた。

金剛寺には、むかし一度だけ来たことがある。ずいぶん前のことで、もう曖昧な記憶しか残っていないが、検索したらブログに記事が出てきた。2005年4月のことだ。そうそう、ゆっくり見て歩いていたら閉門時間になっていまい、最も見るべき多宝塔と大日如来を見逃したのである。「また来る」なんて宣言しながら、13年も経ってしまった。
その間、金剛寺では平成大修理が始まった。金剛寺の「平成大修理」記録サイトによれば、金堂三尊のうち、大日如来坐像と不動明王坐像が京都へ、降三世明王坐像が奈良へ搬出されたのは2010年春のことらしい。私が先に見たのは奈良国立博物館に安置された降三世明王坐像で、2011年秋の正倉院展に行ったときが初対面だった。日本の仏像の常識をくつがえすような大きさと迫力に圧倒された。京都国立博物館では、2014年秋に平成知新館がオープンして以来、彫刻室の中央を占める大日如来と不動明王のお姿を何度も拝見してきた。もはや京博の風景の一部のように思っていたのに、昨年秋、ふるさとにお帰りになってしまって、寂しくて仕方ないので、会いにきたのである。
朝、東京を出発して、新幹線・地下鉄・南海線を乗り継ぎ、お昼前に河内長野駅についた。全く記憶はなかったが、想像していたよりも繁華だった。駅から30分ほどバスに乗る。山道ではあるが住宅は多く、山の中という感じはしない。「天野山」のバス停で下りると、門前には露店(落慶市)が並び、桜の下で大道芸を楽しむ人たちもいて、賑やかである。前日3/30(金)の夜には「みうらじゅん×いとうせいこう見仏記ライブ」も開催されたそうで、聴きたかったなあ。

五色の幔幕のひるがえる金堂。ドキドキしながら中に入ると、見覚えのある三尊のお姿。しかし、一瞬、え?と思うくらい小さく見えた。距離があるせいか、あるいは建物お屋根が高いせいか、博物館で間近に見上げたときと比べると、半分くらいの印象だった。中尊の大日如来は、京博では台座なしだったが、ここではかなりボリュームのある蓮華座にお座りになっている。縦に燃え上がるような光背の先には、天蓋が吊るされている。天空を表すような青色の円の内側に金色の八葉蓮華、そしてたぶん金色の飛天が装飾されており、金の瓔珞が下がっている。堂内はほぼ自然光だが、大日如来のお顔のあたりに照明がかすかな当たっていて、濡れたような金の輝きがひときわ美しい。
この特別拝観の案内に「金堂の落慶を記念して、特別に間近で拝観いただける機会を設けました」という一文があったので、実は、もう少し近づけるのかと期待していたが、内陣の縁の畳までしか許されなかった。まあ博物館みたいなわけにはいかないのだな…。視点がほぼ正面に限られると、胸の前の印相に自然と意識が集中するように思った。
二躯の明王を見比べるのは初めてで、面白かった。火焔光背が、それぞれ外側に流れている。右の不動明王の火焔のほうが太く雄々しく、左の降三世明王の火焔のほうが細くて、チリチリ激しく燃え盛っている感じがする。不動明王は正面向きだが、降三世明王は首を傾げ、視線を右(中央)に向けている。カッコよくて痺れる。
内陣の左右には、独立した障壁があって、内側には金剛界・胎蔵界の曼荼羅図、外側には四天王が二人ずつ描かれている。曼荼羅図の上には屋根?のように突き出た板があったり、内陣の中央を横切る太い梁に龍が描かれていたり、金堂内部の装飾はいろいろ興味深い。金剛寺の「平成大修理」記録サイトにたくさん写真が載っている。

金堂の向かいの多宝塔。私は初めて見たので特に違和感はなかったが、修理前は全く彩色が落ちて、漆喰の白と木材の茶色だけの多宝塔だった。このたびの平成大修理で面目を一新し、創建当時の姿に復元されたようである。
いったん楼門を出ると、細い川(ほとんど涸れていた)に沿って塔頭らしい建物が並んでいる。前回、来たときも思ったが、韓国の寺院に似ている気がした。

すぐ隣に「本日公開」の札を出している寺院(摩尼院書院)があって、桜がきれいなので入ってみた。ガランとして、特に見るべきものもなさそうな建物だったが、きれいにしつらえた一室があって、ボランティアのおじさんが「ここは南朝の行在所でした」と説明してくれた。金剛寺は一度も火事に遭っていないとか、あの多宝塔は日本最古級のものだが、慶長の大修理のとき、豊臣秀頼公ががんばりすぎて、新しい部材をたくさん入れてしまったので国宝になっていないとか、いろいろ面白い話を聞かせてくれた。多宝塔ではないが、金堂の裏の観月亭という建物を見ていたら、欄干の擬宝珠に「慶長」「秀頼」の文字が彫ってあった。何の説明もなく、露天にさらされていることに感心した。
さっき自分のブログを読み直したら、前回、おばあちゃんから歴史講話を聞いたのは、この摩尼院書院だった。これほど荒れ寺然としてはいなかったと思うのだけど、月日が経ってしまったからなあ。それから北朝行在所だった奥殿がある本坊・庭園・小さな宝物庫も拝観した。お客さんはけっこういたけど、受付に若い女性がいた以外、お寺の方は見かけなかった。みんな落慶法要の手伝いで忙しかったのではないかと思う。
こういう晴れのイベントに来合わせたのも嬉しいが、次回は何もないときに来てみたい。摩尼院のボランティアのおじさんは、ここは本来、学問のお寺だから、ああいう騒がしい催しは似合わない、と少し批判的だった。
※参考:泉北ぐるりんウォーキング:天野山金剛寺コース(地図が詳しい)