見もの・読みもの日記

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次代を育てる/国立大学教授のお仕事(木村幹)

〇木村幹『国立大学教授のお仕事:とある部局長のホンネ』(ちくま新書) 筑摩書房 2025.4

 韓国政治を専門とする木村幹先生の著作は『韓国現代史』『全斗煥』など、何冊か読んでいるが、今度は「大学教授という仕事」について書いたというので、へえ~(物好きな)と驚きながら読んでみた。

 著者は、1993年に愛媛大学に助手として採用され、1994年に講師に昇任、1997年に神戸大学大学院国際協力研究科に助教授として赴任し、教授に昇任、2023年から研究科長をつとめている。本書は「国立大学教授のお仕事」と題してはいるが、著者の個人的な経験に基づくものであり、大学の規模や所在地域、研究分野や世代によって、その経験は、かなり違ったものになるだろう。そして、大学教授は互いの仕事について実はよく知らない、という著者の言葉にもうなずけた。私は、事務職員として、複数の国立大学(とその周辺の機関)を経験したことがあるので、大学による、また部局(研究分野)によるカルチャーの違い(格差と言ってもいい)は、実感としてよく分かるのだ。

 それでも本書のような著作が世に出て、読まれることの意味は、世間一般の「大学教授」に対するイメージを、少しでも現実に近いほうへ是正することにあるのではないかと思う。大学教授の仕事として多くの人々が思い浮かべる研究や教育に使える時間は減少し、それ以外の仕事が増え続けていること、しかし研究業績は出さねばならないので、睡眠時間や休日を削って研究時間をひねり出さなければならないこと、大学教員の給与は、日本人の平均年収に比べて安いとはいえないが、それは「テニュア」を確保して安定した立場にある場合で、そうでない教員(非常勤講師など)との格差が大きいこと、など。

 大学教員は、助教、講師、准教授などを経て教授になると、それより上の職階がないというのも、あまり知られていないことかもしれない。部局長は一時的な役職で、任期が終わればヒラ教授に戻り、その後の給与に違いが出るわけではないというのも、私は経験的に知っていたが、世間のイメージを裏切る話ではないかと思う。あと、「名誉教授」「客員教授」「特任教授」の意味も、知られていなんだろうなあ、やっぱり。苦笑したのは「大学教員とご飯」のコラムで、私の知っている大学教員は、著者と同様、だいたいコンビニのおにぎりやサンドイッチを常食にしているケースが多かった。

 興味深く読んだのは、大学教員の仕事のひとつが「次代の大学教員を育てる」ことだという表明である。大学教員は大学院で育てられる。学部では、社会において活躍するために、社会で広く共有されている知識を学ぶが、大学院では、自分にしかできない新たな何か(新奇性)を見出すことが期待される。研究の結果として何が見つかるかは、どのような研究を行うかによって決まる。そこで、多くの自然科学系の大学院では、教員がすでに実施している研究プロジェクトに学生を参加させ、研究計画の立て方を学ばせる。しかし人文社会科学系では、最初から学生に独自の研究計画を立てさせ、試行錯誤をさせる。この説明は、すごく納得できた。

 とは言え、試行錯誤だけでは漠然としすぎているので、「標準スケジュール」を設け、学位論文の執筆以前に、学会報告をさせたり、学術雑誌に論文を執筆・投稿させたりして、ネットワークを広げる手助けをする。また、ポストに余裕のない日本の大学では、どこも即戦力を求めているので、研究だけでなく、教育や学内行政、社会貢献の能力や経験を身に着けさせることにも気を遣う。さらに言えば、組織を維持する努力も重要であると著者は考える。組織がやせ細ってポストがなくなれば、若い研究者はポストにつけなくなってしまうからだ。

 この最後の部分は、大学教員である著者の、自分の研究領域への愛着を感じ、自分はそのように考えたことがなかったなあと思いながら読んだ。研究職ではないけれど、国立大学に在職して、ポストが減るのは逆らえない流れと考えていた自分は、同じ職種、職場を選んだ後輩に、冷淡だったかもしれない。