見もの・読みもの日記

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権力の都を離れて/中華ドラマ『長安的荔枝』

〇『長安的荔枝』全35集(騰訊視頻他、2025年)

 ヒットメーカーの馬伯庸原作。しかも2019年にドラマ化された『長安十二時辰』と同じ曹盾監督にして雷佳音主演と聞いていたので楽しみにしていた。『長安十二時辰』とはずいぶんテイストの異なる仕上がりだったが、満足している。

 唐の天宝13年(754)春、玄宗皇帝は政治に倦み、楊貴妃を寵愛していた(翌年には安禄山の乱が起きる)。6月1日の楊貴妃の誕生日の祝宴に合わせ、嶺南産の荔枝(ライチ)を取り寄せるようにという勅命が下る。嶺南と長安の間は五千里、どう急いでも10日以上かかる。ライチは腐りやすく、3日と持たない。宮廷の園林を管轄し、野菜や果物を育てる上林署の役人たちは大弱り。日頃から煙たく思っていた頑固者の李善徳にこの難題を押し付けてしまう。李善徳は妻を亡くし、幼い娘の袖児と二人暮らしだったが、やむなく娘を預けて単身で嶺南に下る。

 李善徳の亡き妻の弟・鄭平安は、名族・滎陽鄭氏の出自だったが、右相(モデルは楊国忠)の差し金で一族から除籍されてしまい、妓楼の陪酒侍郎を生業にしていた。折しも、嶺南刺史の何有光が右相と結託してあやしい動きをしていることが発覚する。右相と対立する左相とその片腕の靖安司司丞・盧奐は、鄭平安を嶺南へ向かわせる(盧奐を調べて、歴史上の実在人物だと知った)。

 図らずも嶺南で出会ってしまう李善徳と鄭平安。李善徳は愚直に与えられた任務の完遂を目指し、ライチを栽培する現地民(峒族)の人々や胡人の商人たちの協力を得て、ライチ輸送の目星をつける。ここで李善徳はいったん長安に戻り、確実に輸送を成功させるための資金や法的支援を求めて奔走するが、官僚制度の壁は厚い。最後は右相に直談判して支持を取り付ける。ここで一枚嚙んできたのが宦官の魚常侍。魚常侍は李善徳とともに嶺南に下る。

 いよいよライチ輸送隊が出発する直前、何刺史は唐に反旗を翻して決起するが、長年、何刺史に従ってきた趙掌書は魚常侍の側に付く。謀反は失敗。何刺史と右相の結託の証拠を握った鄭平安は欣喜雀躍して都へ向かう。当面の邪魔者を片付けた魚常侍は、ライチ園の木々を伐採するなど、専横の限りを尽くす。諫めようとする李善徳だが、都に残した愛娘の安否を持ち出されると何も言えない。

 莫大な費用と人民の労苦と引き換えに長安にもたらされたライチに満足する右相。しかし、これが本当に正しい政治なのか、と正論を述べる李善徳。慌てた魚常侍は配下の者に李善徳の殺害を命じる。危険を察して愛娘とともに即刻長安を離れようとする李善徳。それを探し回る暗殺隊と出会ってしまった鄭平安は、命を捨てて李善徳と袖児の安全を守る。

 そして誕生日の宴。聖人(皇帝)と貴妃に捧げられたライチは、外見には何も問題がなかったが、中身はすでに腐りかけていた。すかさず右相と何刺史の関係を告発する左相(全ては李善徳が仕組んだことだった)。もちろん魚常侍も責任を逃れられなかった。

 公開前の宣伝では、平凡な下級官人の李善徳が、知恵と勇気と仲間の協力によって「ライチの長距離輸送」という難問をクリアして、ハッピーに終わる物語なんだろうと勝手に思っていた。それが全く異なる展開で、確かに李善徳は難問をクリアする(無事に運ばれたライチは亡妻の墓前に供えられ、愛娘・袖児が賞味する)のだが、権力者の横暴と、それに翻弄される下層の人々の怒りが強く印象に残って終わる。

 李善徳は袖児を連れて嶺南に下り、以後、峒族の人々とライチ園の再建に取り組んで、平穏な日々を送ったように描かれていたが、悲しいのは、鄭平安(岳雲鵬)と従僕の少年・狗児。ちょっとおとぎ話みたいで、笑いながら泣いてしまう最期だった。鲫(鮒=フナ)三郎の若様と一緒に竜宮で楽しく暮らしているといいのだけど。この鄭平安はドラマ版のオリキャラらしいと聞いて驚いている。

 『長安十二時辰』ファンには嬉しいサプライズがいろいろ仕掛けられていた。重なる出演者が多いが、それぞれ前作とは異なる顔を見せている。何刺史(馮嘉怡)は、悪辣非道だが愛嬌があって憎めなかった。「今の皇帝は自分と顔がそっくりらしい」と言わせるのはズルい。かつて殺害した海賊の頭目の娘に仇を討たれるのだが、最後のセリフ(好玩阿!)までカッコよかった。何刺史の幕僚・趙掌書(公磊)は気まぐれな権力者の下で必死に生きている苦労人の愛妻家で、これも憎めなかった。蔡鷺さんの藍哥も、タイプは違うが境遇は同じかもしれない。魚常侍役の蘆芳生さんは、こんな嫌な役柄で見たのは初めて。かなり体重や筋肉を落としたんじゃないかと思う。

 登場人物たちには、それぞれ複雑な因縁があるのだが、各回、本題のストーリーの前に、過去の物語を少しずつ見せていく進行は面白かった。しかもアニメを使ったり人形劇仕立てにしたり、工夫されている。終盤に行くほど、登場人物のひとりひとりに愛着が湧くドラマだった。