直前に読んだ『孫正義のデジタル教育が日本を救う』が、提灯持ちとまではいわないが、孫正義氏の意見を「ダダ漏れ」するだけみたいな本で、面白くなかったので、もう1冊と思って、本書を選んだ。佐々木俊尚氏は、『2011年 新聞・テレビ消滅』を面白く読んだ記憶があったので、建設的な議論をしてくれるのではないかと期待したのだ。テーマは、このところニュースを賑わせている「光の道」。2010年3月、原口総務大臣(当時)が打ち出した「ブロードバンドを2015年までに全世帯に普及させる」という構想の別名である。4月20日、「光の道」実現に向けたタスクフォースによる、通信会社へのヒヤリングが行われ、ソフトバンクの孫正義氏は「全面支持」のスピーチを行った。これに佐々木氏がツイッターで「全面不同意」を表明したのがきっかけで、5月13日、ユースト(Ustream)およびニコニコ動画で5時間にわたって中継配信された対談が、本書のもとになっている。
私は本書を手に取るまで、政府の「光の道」構想を全く知らなかった。言いわけすると、今年の4~5月は、職場替え&転居で忙しかったのである。私は今回の引っ越しを機に、ADSLから光に乗り換えた。本書の対談が行われた5月13日といえば、ちょうど新居の賃貸マンションに光敷設工事が終わって、わくわくと光の威力を試していた頃ではないかと思う。使ってみると、やっぱり通信速度は速ければ速いほど快適である。こうなると、以前よりも、動画サイトを見る機会が増えた(海外の動画サイトにつなぐと、まだ100%満足ではない)。
そんなわけで、孫氏が、光サービスの利用率が3割程度に留まっているのは、光に需要がないのではない、利用料金が今よりも高くなることと、初期費用が高い(家の外までは来ている光回線を、家の内壁に引き込む工事にお金がかかる)ことが原因である、というのは、理解できる。
佐々木氏は、ブロードバンドの重要性は認めた上で、これだけ日本の国費が逼迫している状況では、最優先で財源を振り分けるべきは、違うところ(利活用のレベルアップ)ではないか、と主張し、孫氏は広帯域化と利活用の両方だという。孫氏は、自説の補強根拠として、第一に「国費ゼロで全家庭に光回線を引くことができる」という試算を説明する。ものすごく単純化すれば、メタル回線の保全費を光の敷設費に振り返る、という案だ。第二に「光の道」を前提とした利活用の例として、電子教科書と電子カルテを挙げる。どちらも総論としては文句がない。しかし、広帯域化は大前提であっても、それだけで国民生活を豊かにするサービスが実現できるのかは、やっぱり心もとない。教育改革も医療改革も、広帯域化の必要性を納得させるための「プレゼン材料」として用意されているだけのような気がする。
私は、広帯域化の促進は、政府が一律に責任を持つ必要はなく、「先に豊かになれる者から豊かになれ」でいいと思っている。インターネットも携帯通話エリアもそうやって普及してきたのではなかったか?
最後に佐々木氏は、「ソフトバンクは”モンゴル帝国軍”である」という一文を寄稿している。勇猛果敢な騎馬軍団を有したモンゴル帝国がユーラシア大陸を版図におさめた結果、治安と交通の便がよくなり、共通の経済・文明ルールができて、本当の意味での「世界史」がスタートした。ソフトバンクは乱暴な企業だけど、このパワーがないと、小国乱立みたいな日本は変わらないのではないか、という趣旨だ。言いたいことは分かるが、ちょっと苦笑したのは、「じっくり調整して…というような手法を採用していたら」強大な帝国は生まれなかった、という下り。最近読んだ、杉山正明『モンゴル帝国と長いその後』の描き出すモンゴル軍とはずいぶん違う。佐々木氏は、モンゴル軍は「残虐で強引」で、「ロシアやブルガリア、ハンガリーの人たちを殺戮しまくった」と書いているけど、これは、古いステレオタイプなのではないか。そして、若い世代がドラマチックなデジタル教材を中心に学ぶようになると、こういう印象の強いステレオタイプを抜け出すのに苦労することになるんじゃないかと、私は少し危惧を感じている。