〇五島美術館 平安書道研究会900回記念特別展『極上の仮名 王朝貴族の教養と美意識』(2025年6月25日~8月3日)
あ、次の展覧会は古筆ね、というくらいの軽い気持ちで見に行ったら、とんでもない特別展だった。仮名関係の展示は前後期併せて106件、そのうち70件以上が書芸文化院の所蔵なのである。今日はちょうど平安書道研究会が美術館の講堂で行われる日で、朝からプロ級に熱心な参観者で展示室が埋まっていた。
混雑していた冒頭を避けて、目についた作品に近寄ってみた。濃い青と薄い青の料紙を継いだ『関戸本和漢朗詠集切』で、高野切第2種と同筆、源兼行説が有力と説明されていた。かなり横長の大きめの断簡で、漢詩が幅の3分の2、和歌が3分の1程度を占める。色付きの料紙なので墨の線がはっきり見えて、連綿の美しさがよくわかるような気がした。すぐそばに『伊予切(和漢朗詠集)』も出ていて、こちらは高野切第3種と同筆とのこと。『関戸本』が漢字と仮名の書分けにメリハリが感じられるのに比べて、こちらは漢字も仮名と同じくらいの細い線で、なめらかな行書体を駆使している。ほかにも「高野切〇種の系統」などの解説を見て、仮名における高野切の存在の大きさをあらためて感じる。
そこで展示の冒頭へ戻る。『関戸本古今集切』は書芸文化院所蔵分と五島美術館分が競演。『高野切』と並ぶ平安古筆の名品だが、正直、まだ私にはよく良さが分からない。『高野切』はたくさん出ていて(!)特に外形的によく似た第1種から第3種の軸を並べた展示は、比較がしやすくて分かりやすかった。私が魅了されたのは、平台のケースに入っていた第1種の軸。「かりくらしたなばたつめにやどからむ 天の河原にわれは来にけり」という業平の和歌で、わずか2行の細い断簡だった。初句は縦長の字形が連なり、途中で横に膨らみ、また細くなる。そのリズミカルな肥痩(線ではなく文字自体の)がとても美しいと思った。実は、いつも五島美術館所蔵の『高野切古今集(第1種)』を見てもあまり魅力を感じなかったのだが、今回、姿勢を低くして顔を近づけると、ずいぶん印象が変わることを発見した。料紙のキラキラが目立たなくなるかわりに、細い線の連綿が、老眼でも見えるようになるのだ。
第3種は東博所蔵分(軸物ではなく巻子仕立て)が出ていた。私はむかしから第3種が好きなのだが、平安仮名の初心者に読みやすい、親しみやすい書風だと思う。第1種、第2種の良さが分かってくると、ちょっと物足りなくなるのは、自然の理かもしれない。
私の好きな『継色紙』は、五島美術館所蔵(めづらしき声ならなくに)と並んで、個人蔵(あすかがは)が出ていた。ネットで検索していたら、おもしろい論文が出てきたので貼っておく。あと五島美術館所蔵の『寸松庵色紙』(あきはぎの花さきにけり)の書風にも惹かれた。
※「継色紙」の空間と時間/荒井一浩(東京学芸大学附属高等学校紀要5)
このほか『今城切(古今和歌集)』の藤原教長の書風も好き。『烏丸切(後撰和歌集)』もいいと思った。筆者は藤原定頼に仮託されてるほか、諸説あるが定かではないそうだ。この展覧会、すべての作品に翻刻が添えられていて、古今和歌集の和歌を久しぶりにたくさん読んだ。古今は、和歌の原初形みたいで、しみじみいいなあと思った。
異色の作品では、小野道風筆『絹地切』が出ていた。絹地に『白氏文集』を写したもので、何種類かの断簡が伝わっているらしいが、展示作品には『新楽府』の「紅線毯」(赤い糸で織った敷物)が書かれていた(書芸文化院所蔵)。さらに第1展示室の最後に藤原佐里の『国申文帖』が出ていたのには、微笑んでしまった。いや「仮名」じゃないだろう、とツッコミたいところだが、しみじみ眺めると「之→し」「以→い」「女→め」など、草書がほぼ仮名になっている。
第2展示室は、書芸文化院が所蔵する中国書跡の書軸や拓本など。『石門頌』という法帖仕立ての拓本は、よく見たら「開通褒斜道刻石」のことらしかった。いま現物は漢中博物館にあるのか。行ってみたいなあ。。。