〇『霧のごとく』(2026年)
2025年制作の台湾映画(原題:大濛)。ずいぶん評判がいいので見てきた。ちょっと想像していたテイストとは違ったが、まあ面白かったと思う。
民国40年代(1951-60)、嘉義の農村に暮らす少女・阿月(黄秋月)の兄・黄育雲は、公安につけねらわれ、サトウキビ畑に潜んで暮らしていた。当時、国民党政府は戒厳令を発し、民主派勢力、社会主義者、台湾独立派などを徹底的に弾圧していたのである。阿月ら家族の努力も空しく、黄育雲は捕まって台北に連行される。阿月の両親は死去、孤児となった阿月と弟は叔父一家に養われることになる。
民国43年(1954年)育雲が処刑されたという一報が入るが、遺体を引き取るには大金が必要なため、叔父一家は放置しようとする。阿月は自分の貯金だけを持って、ひとりで台北に向かう。悪人に攫われて女郎屋に売られかけたところを助けてくれたのは、気のいい人力車夫の趙公道。兄の形見の腕時計を売って少しお金をつくるが、趙公道は賭博で増やそうとして、全部すってしまう。
阿月は、唯一頼りになるかもしれない姉の阿霞を訪ねる。阿霞(邱秀霞)は、幼い頃に童養媳(トンヤンシー)に出されていたので、阿月とはほぼ面識がなかった。しかし、養家を飛び出して劇団で歌手とダンサーをしていた阿霞は、妹の力になろうと奔走する。
人力車夫の趙公道も、阿月の持ち金を賭けで失ったことに呵責を感じ、すぐに金を稼ぐ手段を探していたところ、人殺しの手助けを持ちかけられる。殺しの対象は、国民党の特務の老幹部である范春。退役兵の趙公道は、かつて范春の取り調べを受け、仲間を売った苦い経験があった。殺しを持ちかけたのは范春の部下の李二雄で、彼の幼なじみの女性が、范春の慰みものにされているのを知っての恨みだった。襲撃は失敗。范春は生き残り、趙公道は反体制のテロリストとして捕えられる。しかし李二雄から前金で受け取った報酬で、阿月に金を返すことはできた。
阿霞と阿月はその金を持って極楽斎場を訪ねるが、育雲の遺体はないという。賄賂を渡して聞いてみると、国防医学院の解剖実習用に引き取られたと教えられる。二人は国防医学院の遺体保存用のホルマリンプールで、ようやく育雲の遺体に対面する。医学院の施設で火葬に付し、阿月は故郷に骨壺を持ち帰る。
そして月日は流れ、台湾は民主化の歩みを続ける。阿月は大学に進み、結婚し、娘も成長して孫も生まれた2000年代。老境(60~70歳)に入った阿月は、病院で白髪頭の趙公道に出会う。彼は、銃殺は免れたものの、25年間収監され(1980年頃まで)家族を持つ機会もなく老いていたが、陽気な性格は変わっていなかった。
「白色テロ」を背景にした映画ということで、もっと権力の横暴を赤裸々に描くのかと思ったらそうでもなかった。国民党とか共産党とか、さらに言えば日中戦争とか日本統治とかの政治的キーワードは全く表面に出ていなかったと思う(横暴な警官が「オイ」を使うのは日本統治の影響の残存かなとは思った)。強いていえば特務幹部の范春が悪者なのだが、若い未亡人を妾にしているのかと思って踏み込んだら、彼女の息子に添寝していたというオチがつく。趙公道にしても、実は質屋とグルになって阿月の時計を買い叩いていたり、拷問に屈して仲間を裏切った過去があったり。単純に善悪を割り切れない登場人物が多いのはよかったと思う。
題名の「霧のごとく(大濛)」は、黄育雲が逃亡中に書いていた寓話に由来する。川の中にいた2粒の水滴が、雲になり、雨になって砂漠を潤し、いつか砂漠を緑に変えることを夢見ていた。しかし1粒は雲になれず、霧になって漂う。雲になった1粒は、雨として太平洋に降り注ぎ、役目を終える。願った道のりを歩めず、誰の役にも立てずに終わる人生を、まあそれもいいんじゃないの、とふんわり肯定するような物語で、若者にはあまり面白くないかもしれないが、私のように人生終盤の人間には刺さるものがあった。
はじめ、阿月とその家族の喋る言葉がほとんど分からなくて戸惑った。あれは台湾語または台語(福建省南部の方言である閩南語に由来)らしい。台北に出てからは、私にも聞き取れる普通語が混じってきたが、趙公道は広東出身という設定なので広東訛りだった。台湾の観客は全部聞き取れるのかな。
ときどき実在の地名に言及があると、台北の地図を思い浮かべていたが、極楽斎場(極樂殯儀館)は、現在の林森公園付近にあり、もとは日本人専用の火葬場だったらしい。また国防医学院は、現在の台湾大学水源キャンパスにあたるのだそうだ。訪ねる機会があるかどうか分からないが、覚えておこう。