台風の通過にドキドキしながら決行した関西旅行、初日は民博のあと、京都に移動して京博『北野天神』を再訪したのだが、順番を変えて、2日目のMIHOミュージアムからレポートしたい。
■MIHOミュージアム 春季特別展『古代黄金の物語』(2026年3月14日~6月7日)
朝の京都はまだ細かい雨が降っていたが、心配したほど荒れてはいなかった。テレビのニュースによれば、新幹線の運行もほぼ平常どおりで一安心。石山駅に移動し、MIHOミュージアム行きの始発バスに乗る。乗車券売り場のおじさんが「天気が持ってよかったですね。今日は空いていて、ゆっくり見られますよ」と声をかけてくれた。
本展は、同館所蔵の黄金作品に国内有数のコレクションを加え、紀元前に制作された黄金の品々を、背景にある物語と共に展示する特別展。5月の関西旅行のときは、日程に盛り込むのが無理で諦めたのだが、来ることができてよかった。
展示の冒頭は、科博等が所蔵する「自然金」の標本が並んでいて、ちょっと意表を突かれた。それから同館コレクションでも特別に(?)古い『有翼神霊坐像』『有角神霊坐像』(前3000年紀末~前2000年紀初、東イランか)など。昨今の国際情勢が騒がしいイランという国(地域)、実に古い文明が栄えた土地なのだな、とあらためて認識する。
国名(王朝)として、はじめに登場するのはアッシリア。アッシリア王アッシュールバニパルの威光を称える『戦勝図杯』が展示されていた。パネルの解説によれば、アッシリア人にとって死は「ほの暗い闇の中で塵を食べる」ようなものと意識されており、現世志向が強かったようだ。
次に登場するペルシアでは、拝火教が信仰され、人は生きているときの振舞いによって地獄や天国に行くと考えられた。これは仏教やキリスト教へ受け継がれていく。前アケメネス朝ペルシアの『聖樹装飾舟形容器』には、ギルガメシュ叙事詩に由来する大洪水の物語が形象化されていた。
拝火教の中心地はイラン北東のバクトリアと呼ばれる地域で、現在はタジキスタンに位置する。ヘロドトスが「黄金伝説」を伝えたとおり、オクサス川沿いのタフティ・サンギーン遺跡(神殿遺跡)からは、精巧な黄金製品が多数出土している。吹けば飛ぶような小さい品が多くてインパクトには欠けるのだが、量で圧倒してくるのがすごい。奉納品として、金の薄板で作った「目」や「手」や「足」のミニチュアが多数あって、日本の絵馬と同じだ~とおもしろく思った。拝火教の神官の姿を刻んだ板もあったが、儀式のときは口元をマスクで隠すのだな。
ペルシアを滅ぼしたアレクサンダー大王は、その富を部下に気前よく分け与えたことで「黄金は世の中に放たれた」という。ギリシア、エトルリア、中国、最後に古代南米の黄金の仮面(太陽の仮面と胸飾り)もあって面白かった。張騫の故事をマンガふうに紹介したパネルもよかった。
関連展示『日本美術と黄金』(2026年3月14日~6月7日)では、平安~鎌倉時代の勢至菩薩坐像が眼福。奈良時代の侍女像もよかったけれど、これは何か仏像の脇侍では?と思った。
常設展エリアも拝見。「東西の融合」の展示室には、おそらくソグド人と思われる人物の埋葬用の寝台を飾った『石床屏風』が展示されている。生き生きした生活風景を彫刻した10数枚の石板が並んでいるのだが、そのうち数枚が写真複製になっていて「貸出中」の札が付いていた。しかし写真が精巧すぎて「どういうこと?」と分からないおじさんたちに、背広姿のスタッフが「これは複製なんです。本物は貸出中で」と説明していた。私は『シルクロードの商人語り』展で、この『石床屏風』を見ていたので、思わず「昨日、民博で見ましたよ!」と声をかけてしまった。そのあと、スタッフのお兄さんは「これ、門柱と塀を表現した部分の人物の浮彫が立体的ですごいですよね!」と熱く語ってくれて、嬉しかった。
■京都国立博物館 特別展『北野天神』(2026年4月18日~6月14日)
今回の旅行の目的ではなかったが、せっかく関西に行くなら、展示替えもあったし再訪問しておこうと思って寄った。やはり見どころは承久本『北野天神縁起絵巻』である。巻2は、皇太子のもとで詩作、ついで大納言・大将昇進の図だが、内裏の庭に散らばった貴族たちがかわいい。巻4は恩賜の御衣。秋の庭の風景がとっちらかっていて賑やか。巻5は牛車に乗って参内を急ぐ尊意僧正。
巻6は、私の大好きな落雷の図が開いていた。なるほど、清涼殿落雷は2回目なのだな。初回(巻5)の雷神は上空の黒雲に乗って人々を威圧するが、2回目(巻6)は、画面の天地いっぱいに広がった黒雲のカナメの部分で主人公然とした雷神が睨みを利かせている。この構図(空間構成)、他の天神絵巻にはないと思う。そして情けなく吹き飛ばされている貴族たち、丸っこい姿が「ちいかわ」みたい。巻8は、六道のうち、修羅道→人道→天道。濃密な描写で、この熱意は何なのだろう、と不思議に思う。
『歓喜天霊験記絵巻』(文化庁)は「異本天神縁起」とも呼ばれるものというが、後期の展示は、馬に乗った甲冑姿の武士の集団と、最後に木の枝に吊るされた首級を描く。何の話か全然わからないが、描写は適切で巧い。無人の境内を描いた『天神図社頭図』(文化庁)もよかった。
能面『大飛出』は「菅丞相の柘榴くわっと吐きたまへる所」と言われ、特に展示の観世文庫所蔵の面は、大きく開いた口の中で赤い舌が持ち上がって、前方に出かかっているのがリアルでぞっとした。道真、ほんとに変幻自在である。