見もの・読みもの日記

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見直される女性リーダー/北条政子(鎌倉歴史文化交流館)

鎌倉歴史文化交流館 企画展・没後800年『北条政子-鎌倉を生きた女性たち-』(2025年12月13日~2026年2月28日)

 この展覧会が見たかったので、久しぶりに鎌倉に行ってきた。1225年(嘉禄元年)7月11日、北条政子が69歳でその生涯を閉じてから800年を記念する企画展。北条時政の長女として伊豆国に生まれた政子は、流人・頼朝と出会い、やがて将軍の御台所となる。頼朝の死後は「後家」(家長権の代行者)として幕府を支え、3代将軍実朝の死後は「尼将軍」として動乱の鎌倉を導いていく。

 本展は、政子が実際に何をおこなったかという事実とともに、同時代の人々がそれをどう見ていたか、後世の評価がどのように変遷してきたかが検証されていて興味深かった。実朝暗殺後、政子は4代将軍・藤原頼経(三寅)の後見人となるのだが、政子こそ4代将軍と見られていた形跡があるようだ。

 また本展は、当時の女性の社会的地位についての解説も詳しい。当時の女性は結婚後も独立した財産を管理することができ、親の所領を相続することができた。北条泰時が定めた『御成敗式目』は、武家社会の「道理」(慣習)を明文化したとされているが、女性への言及が多く、しかも女性の地位の高さが目立つ。面白いのでネットで現代語訳を読んでみたら「夫婦に子供が無く、夫が死んでしまった後に養子をむかえ領地を相続させることは何ら問題ない」とか「前夫が新しい妻や妾のことだけを大切にし、何の落ち度もない前妻や前妾に与えた土地を取り返すことはできない」とか、現代人でも普通に納得できる定めが設けられていた。相続した所領の返還(悔還=くいがえし)について「これまで女子には返還義務はなかったが、今後は相続したあとであっても所領を取り返すことができる」と定めているのは、一見、女性の地位の後退のようだが、これによって「親は安心して女子を養育し、土地を与えることができる」という解説を読むと、男女平等の徹底が目的だったことが分かる。こうした時代背景の下では、政子は間違いなく武家社会をまとめ上げた優れたリーダーのひとりだった。

 ところが江戸時代になると儒教道徳に合わない「嫉妬深い悪女」の面が強調され、明治期には頼朝に従った「良妻賢母」として称揚された。こうしたステレオタイプを打ち破ったのが、小説家の永井路子氏であるという。女性政治家の再評価という点では、中国の武則天に通じるものがあるかもしれない。2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の政子(小池栄子)は悪くなかったが、やはり政子を主役にした大河を一度は作ってほしいな。

 同時代人である慈円は『愚管抄』に「女人入眼の日本国」(女性が最後の仕上げをする日本国)という評言を残しており、展示会場にも大きなバナーが飾られていたが、これは称賛しているのか皮肉で言っているのか、私にはよく分からない。あと『吾妻鏡』には「前漢ノ呂后ト同ジク天下ヲ執行セシメ給フ」とあるらしいが、これも言われて嬉しい誉め言葉ではない気がする。

 政治家として優れた業績を残した政子だが、苦労の多い生涯の支えとなったのは仏教信仰だったようだ。夫や子供たち、さらに戦乱で失われた多くの命を弔うため、多くの寺院を創建・保護した。政子ゆかりのお寺といえば安養院、今年は久しぶりにツツジの季節に訪ねてみようかな。