〇大谷亨『中国TikTok民俗学:スマホからはじまる珍神探訪』(NHK出版新書) NHK出版 2025.12
本書の冒頭にある自己紹介によれば、著者は厦門に暮らす日曜民俗学者で、日本語教師のかたわら、休みになれば各地へフィールドワークに出かけ、「民間信仰」の調査に取り組んでいるという。いや、分かりやすいけど、ふつうに中国民俗学の研究者を名乗っていいのではないかと思う。ただしその研究スタイルは、前世代の民俗学者とは、かなり異なっている。著者が活用するのは、ショート動画の投稿サイトである中国版TikTok(=抖音 Douyin)。そこには、農村の奇祭や旅芸人の記録など「仮に柳田国男が見たとしても大喜びするであろう」(!)激シブの民俗動画が氾濫しているというのである。
私は、かなり前から著者のツイッターをフォローしているので、著者が転載してくれる動画を見ていると、この話がウソでないことが分かる。私は日本の民俗にも興味があるので、やはり何人かの研究者をフォローしているが、日本に関しては、研究者自身が撮影した動画を流してくれることがほとんどである。ところが中国では、スマホ普及率の高さ、肖像権やプライバシー概念の希薄さなど、いくつかの社会的要因が相まった結果、一般大衆が自ら土地土地の文化や習俗を記録した貴重な動画が、大量に生まれているらしいのである。
なお、著者は最初の情報収集にはスマホを活用しているが、もちろんそれで終わりではなく、特に興味深い対象に関しては、関係者に連絡を取り、長距離列車や長距離バスで現地調査に赴く。この現地調査のドタバタ(失礼)が本書の読みどころで、さまざまな不運や失敗も、包み隠さず記載されているのが面白い。
本書に取り上げられた「珍神」は、逆立ち長五郎(湖南省の梅山文化圏)、セクシー九尾狐(厦門の仏具展覧会→東北地方の瀋陽、遼陽→タイ)、和式大黒天の逆輸入(厦門→広東省汕尾、普寧→上海)、お盆フェスの大士爺(広東省南東部)、中国の死神・無常(マレーシア、福建省、河南省)など。私は何度か中国に旅行しているし、中国エンタメ作品も好きなので、「中国の民間信仰が文化大革命ですべて破壊されたなんてウソっぱち」であることは理解していたつもりだった。しかし本書に紹介されている信仰世界の生々しさ、きらびやかさには呆然とする(カラー写真満載)。全て現世の欲にむすびついているようで、ニワトリの生き血一気飲みとか、神憑りするシャーマンとか、本格的な信仰の現場も目撃されている。あと、狐仙信仰の中心といえば東北三省、お盆フェスは福建省や広東省など、地域によって文化的な棲み分けがあるのは、広大な中国ならではだろう。華人社会を中心とした、タイやマレーシアとの文化交流も興味深く感じた。
「おそらく多くの読者は意外に思うだろうが、漢族の宗教の基層にあるのはシャーマニズムである」というのは、「増殖する無常」の章に、さらりと挿入されている一文であるが、重要な指摘であると思う。私は韓国にもそのイメージがあるのだが、日本人の宗教はどうなのだろう。比較的早い時期にシャーマニズムから離れたように思うのだが、正確にはいつ頃なのだろう。
本書はずっと笑いながら読めるが、私がいちばん笑ったのは、河南省の田舎で李爺さん(無常廟を管理する)に名前を聞いたら「スパッツ!」という答えが返ってきた段。いや、方言は難しいよね。