見もの・読みもの日記

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奴隷制度から現在まで/アメリカ史とレイシズム(中條献)

〇中條献『アメリカ史とレイシズム』(岩波新書) 岩波書店 2025.10

 読み終えたあと、すぐに感想を書きたい本もあれば、書きたくない本もある。これは完全に後者だった。本書は、アメリカという国家を「セトラー・コロニアリズム」に基づく社会と定義し、その歴史を検証する。一般的なコロニアリズム(植民地主義)の支配においては、植民地が独立国家となることで、支配されてきた人々が基本的な主権を回復できるが、セトラー・コロニアリズムでは、セトラー(入植者)が創設した国家のもとで支配と排除が継続する。誠に厄介な話である。

 15世紀末、コロンブスのアメリカ到達に続き、ヨーロッパは、南北アメリカ、続いてアフリカを支配下に置くようになり、17世紀初め、イギリスは北米大陸の南部に初めての恒久的な植民地を置く。植民地では、先住民の奴隷化と同時に、奴隷および年季奉公人としてアフリカ出自の人々が農園の労働力として連れて来られた(奴隷と年季奉公人の区別は明確でなかった)。アフリカ人奴隷制度を正当化する手段として「人種」という考え方が鍛え上げられていく。これは本書のおもしろいところで、奴隷制度という差別・偏見を基盤に「人種」という優劣を伴う分類が作り出されたと考えるのである。

 1788年に発効したアメリカ合衆国憲法は、奴隷を「五分の三人」と数えることで奴隷制度を暗に認めていた。また、1790年に制定された帰化法は、帰化の申請条件として「自由な白人(a free white)」を掲げていた。まあ18世紀だからね、仕方ないようにも思うが、自由の国アメリカの出発点はこういうものなのである。

 19世紀初頭までに奴隷制廃止の動きが徐々に進み(特に北部)、自由黒人に相当する人々が増えていく。そして南北戦争を経て「奴隷制度なきアメリカ合衆国社会」が誕生する。この時期は、国家政府の権限強化に加え、通信手段や交通手段が劇的に発達し、帰属意識を共有する「アメリカ人(国民)」が形成された。

 しかし奴隷制度はなくなっても、多くの黒人が、小作人として綿花生産に縛り付けられなければならなかった。彼らは相変わらず経済的に社会の底辺に押しとどめられたが、政治に直接参加し、連邦議会の議員となる黒人も生まれた。一方で、自由身分となった黒人を忌避する習慣が広がり、州や地方自治体では、人種を隔離する法律が制定されていった(ジム・クロウ制度)。連邦議会は、すべての人々の「市民的権利と法的権利を守る」市民権法を制定したが、ほとんど機能しなかったという。

 以後、19世紀末から20世紀にかけてのアメリカ社会の様相は混沌としていて、相互の関連を理解するのが難しい。対外的にはカリブ海地域と東アジア(フィリピン)への帝国主義的拡大が開始され、国内では、資本の集中と独占化による階級分化、農民の困窮化が進んだ。また、先住民への強制的同化が行われた。20世紀初頭には、南部の黒人が北部の都市部(工業生産の発展→労働者不足)へ移住する「大移動」が行われ、都市部には黒人居住区(ゲトー)が形成されるようになった。ゲトーは差別や偏見に基づく「封じ込め」の結果であったが、黒人たちはゲトーを拠点にして、経済的、政治的、文化的なさまざまな活動を展開していく。

 1970年代後半から始まる脱工業化現象は、白人中産階級の経済的地位を凋落させたと言われているが、さらに大きな打撃を受けたのが黒人労働者である。公民権運動によって上昇の機会を得た黒人はゲトーを離れ、都市中心部のゲトーには最貧層だけが残るようになった。安定した雇用が失われ、公共サービスとインフラが劇的に悪化し、荒廃した状態はハイパー・ゲトーと呼ばれている。アメリカは、もはや国家として社会福祉的な政策に頼ることをやめ、懲罰的な大量収監政策によって、黒人とラティーノの貧困層に対応している。古いSF小説で読んだ未来社会のようで暗澹とした。

 本書を読んで、しみじみ思ったのは、この国は本質的に拡大主義の植民地帝国であるということ。それから、教科書的には評価されている公民権運動にしても、BLM運動にしても、逆に批判の多いミンストレル・ショーにしても、プラスとマイナスの両面があり、単純に是か非かの判断はできないものだということを考えた。また、歴史は、希望に向かって進むときも、後戻りするときもあるが、より多くの人々の、自由と権利が保障された方向へ進むには、経済的な安定と明るい将来見通しが必須であるように思う。アメリカ経済は堅調と見られているが、少数者に富が集中し、格差が放置されている状況では、なかなか、他者の人権には関心が向かないだろうと思った。