〇弥生美術館 生誕120周年記念『伊藤彦造展~美剣士の血とエロティシズム~』(2025年9月20日~12月21日)
最後の週末に滑り込みで見てきたもの。伊藤彦造(1904-2004)は、大正末期にデビューし、昭和40年代まで活躍した挿絵画家である。いま、この紹介を展覧会の公式サイトからコピペしてきて、2004年までご存命だったのか!と驚いてしまった。伊藤彦造の名前と作品は、弥生美術館や野間記念館の展覧会で時折、見かけていて、ずっと気になる画家ではあった。弥生美術館は、過去にも6回、伊藤彦造展を開催したことがあるそうで、過去のポスター3点も展示されていたが、私はどれも見ておらず、まとまった数の作品に触れるのは、今回が初めてである。
彦造の真面目は、何を措いても「美剣士」だろう。天草四郎のような初々しい少年剣士も描いているが、もう少し年長の青年剣士が、血まみれの剣にすがって身をよじるような姿には、ひれ伏したくなるような強烈な魅力がある。題材としては、渡辺綱とか丸橋忠弥とか曽我五郎とか、江戸の武者絵に繰り返し描かれており、明治の「血みどろ絵」でもおなじみのキャラクターたちだが、美しさとカッコよさはとびぬけている。鼻の高さ、目の大きさなど、少し西洋人ふうの美形要素がプラスされているのかもしれない。
作者の伊藤彦造のことは何も知らなかったので、剣豪・伊藤弥五郎一刀斉の末裔に生まれ、自らも剣の師範であったとか(自ら、あるいは弟子とともに剣を振るうところを写真に撮り、作品の構図の参考にしている)、戦時下に大日本彩管報国党を結成し、尊皇、尚武、忠孝の高揚を目指したとか、陸軍大将・荒木貞夫の親交を得て秘書となったとか(一緒の写真もあった)、いろいろ興味深かった。彦造は陸軍嘱託として戦線を視察しており、アッツ島では「玉砕直前に他の島へ移っ」たという。その経験に基づく六曲屏風『アッツ島の山崎部隊長』(個人蔵)は、ほとんどの登場人物が顔と手に色を入れただけの(おそらく)未完の状態で残されている。このほか、少女向けの便箋や樋口一葉『十三夜』の挿絵も描いていることを記録しておこう。
彦造の戦後の仕事として特筆すべきは、小学館『少年少女世界の名作文学』全50巻(1964-1968年刊行)において、挿絵画家として最多の20話を手掛けたことだ。おお!我が家にはこのシリーズがあった。しかし全巻揃いではなくて、なぜかポツポツと欠けていた。私自身も好き嫌いがあって、繰り返し読んだ巻もあれば、家にあるのに全く読まない巻もあった。

写真の「モヒカン族の最後」は食わず嫌いで読まなかった巻だと思うが、「義経記」の幼い義経兄弟と母の挿絵、「ギリシア神話」の太陽神の息子パエトンが父の馬車を操る挿絵(カラー)は、すぐに古い記憶と結びついた。この『少年少女世界の名作文学』が私に与えてくれたものは本当に大きい。
彦造のファンは今日でも多く、本展には、花輪和一氏や山下裕二氏の特別協力により出品された作品も見られた。しかもほとんどの展示品が撮影可という気前のよさ。これでまた、新たに若い世代のファンが増えるといいな。