見もの・読みもの日記

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最古の彩色絵巻を見る/伊勢物語(根津美術館)

根津美術館 在原業平生誕1200年記念特別展『伊勢物語 美術が映す王朝の恋とうた』(2025年11月1日~12月7日)

 在原業平(825-880)の和歌を中心とする短編物語集『伊勢物語』は、『源氏物語』と並び、日本の文化・芸術のあらゆる分野に多大な影響を与えてきた。2025年が業平の生誕1200年にあたることを記念して、『伊勢物語』が生み出した書、絵画、工芸を一堂に集めて展観する。

 前後期でけっこう展示替えがあり、同館のTwitter(X)アカウントが「会期前期、11月16日までの展示です」とつぶやいていた『伊勢物語絵巻』(和泉市久保惣美術館)があまりにも魅力的だったので、慌てて前期の最終日に見てきた。

 冒頭には根津美術館所蔵の『在原業平像』。江戸ものかしら?と思ったら室町時代の作で初公開だった。続いて、業平集(尾形切)や伊勢物語切の古筆。『梵字経刷白描伊勢物語絵巻断簡』は前期3件、後期3件の展示。こんなに揃うのはすごいなと思った。

 そしてお目当ての『伊勢物語絵巻』(鎌倉時代、13~14世紀)は巻頭から巻末までの完全公開だった。『伊勢物語』を題材とした現存最古の彩色絵巻だというが、国宝『源氏物語絵巻』(平安末期)などに比べると、とてもモダンに感じられる。これは琳派か?と思ってしまったのは、宗達工房のいわば復刻作『伊勢物語図色紙』が頭に入っていたからに他ならない。詞書あるいは空白の料紙を挟んで、絵画は7図から成る。(1)23段:立田越、(2)4段:西の対、(3)41段:洗い張り、(4)9段:富士の山、(5)1段:春日の里、(6)5段:関守、(10)14段:くたかけ。吹き抜け屋台の壁面がジグザグに画面を横切る構図が印象的で、庭の泉水や植物が丁寧に描かれているのに比べ、人物は小さくて目立たない(だがそれがよい)。「西の対」は、荒涼とした夜の庭を前に、肘枕で寝そべる昔男の後ろ姿がちんまり描かれている。「洗い張り」は人の姿がなくて、紺と白に染め分けた布が暖簾のように揺れている。「富士の山」は、わちゃわちゃした旅の一行を小さく小さく描き、視線の先に、カヌレみたいに切り立った、三つ峰型の富士山がそびえる。「関守」は昔男が築地の崩れから入り込むのを阻止するため、二人の見張り番が配置されているのだが、ちゃんと敷物を敷き、一人はパラソルみたいな大きな傘を背負っている。この作品は初見かと思ったが、ブログ内を調べたら、2021年に九博の『海幸山幸』展で、富士山の場面を見ていた(意外な出会い方)。なお、所蔵館の久保惣美術館のデジタルミュージアムでは全体が公開されている。素晴らしい!

 さらに様々な絵本や絵巻・色紙などが登場するが、ちゃんと前述の『伊勢物語絵巻』の図様を受け継いだものが見られて面白かった。関守のパラソルとか、木の枝に止まったくたたけ(ニワトリ)とか。江戸時代に入ると、住吉具慶や土佐光起などのやまと絵だけでなく、春信や春章の浮世絵にも伊勢物語が描かれている。春章先生の『風流錦絵伊勢物語』、いいねえ。

 伝・宗達の『伊勢物語図色紙』は「ひじき藻」「かざり粽」「恋せじの禊」「渚の院の桜」「梅の作り枝」の5件を見ることができた。うち4件は個人蔵。ありがとうございます。中国人の若い男子とお母さん(?)の二人連れがいて、男子が「ひじき藻」の説明をしていたけど、和歌の掛詞の説明は難しいだろうなあ…。

 『伊勢物語図屏風』(泉屋博古館)は、なんだか相互の関係がよく分からないモチーフが、にぎやかに散らばっている感じが祝祭的で好き。酒井抱一『宇津の山図』や岩佐又兵衛『梓弓図』は、それまで横長の絵巻に描かれてきた場面を、縦長の画面に構成しなおしているところが巧いし新しいように感じた。

 今季の特別展は、上の階の展示室5にも続く。室町時代の『伊勢物語絵巻』(個人蔵)は、ちょっと素朴絵系で親しみが持てた。カルタあり、貝合わせあり、謡本あり。最後が同館コレクションの名品『業平蒔絵硯箱』なのは納得できた。私は昔から源氏物語より伊勢物語のほうが好きなのだ。光源氏にはあまり近寄りたくないが、業平とは友だちになれそうな気がする。久しぶりに伊勢物語を読み返したくなった。

 展示室6は「口切-茶人の正月-」というテーマだったが、古銅の花入とか堅手茶碗とか、華やかな色彩の全くないしつらえだった。『伊賀瓢形水指(銘:大出来)』と備前焼の『伊部水次』が珍しくて印象に残った。