見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

鎌倉の休日/扇影衣香(鎌倉国宝館)、《築地明石町》三部作(鏑木清方記念美術館)

鎌倉国宝館 特別展『扇影衣香-鎌倉と宋元・高麗の仏教絵画の交響-』(2025年10月25日~12月14日)

 久しぶりに鎌倉に遠征した。国宝館の特別展では、宋元・高麗、そして日本の鎌倉の同時代の東アジアで制作された仏教絵画を一堂に展観中。京博の『宋元仏画』展に呼応しているのかな?と思ったら、そうではなくて、日中韓の「東アジア文化都市」という文化交流プログラムに基づくものらしい。このプログラム、2014年から続いているらしいが全然知らなかった。 

 展示は前後期で34件。鎌倉の寺社だけでなく、大阪市立美術館の『白衣観音』(元時代)とか根津美術館の『阿弥陀三尊像』(高麗時代)とか、えっと驚く名品も出品されていた。もちろん鎌倉ではおなじみの名品、建長寺の『水月観音像』や円覚寺の巨大な『被帽地蔵菩薩像』も。この『被帽地蔵菩薩像』について、これほど充実した作の発願者は高麗王家の要人をおいてほかならない、という解説には大きく納得した。建長寺の『猿猴図』は、いわゆる牧谿ふうのテナガザルなんだけど、ピンと伸びた腕や、宙に飛び出したような子ザルが躍動的。清浄光寺の『蘆葉観音像』は寺外では初公開とのことで、清雅な趣きでよかった。しかし展示室内が明るくて、ガラスへの映り込みが避けられないのは、絵画の展示には不向きだなあと感じた。

 円覚寺の『五百羅漢図』50幅は、元時代作33幅、室町時代作16幅、江戸時代作1幅から成る。展示の1点は、東福寺の明兆考案の図様をおおむね真似ていることが、比較することでよく分かった。円覚寺の『五百羅漢図』は、2015年から修理に入っており、2028年完成予定だそうだ。ぜひ完成したらお披露目をしてほしい。

 仏像も数体おいでになっていて、清雲寺の観音菩薩坐像(くつろいだ座り方の)にもお会いできた。両目の玉眼がよく分かるように照明が工夫されていた。横の展示パネルに「宋風」の捉え方は多義的で、絵画と仏像でも異なる、という気になる解説が添えられていた。

鏑木清方記念美術館 鎌倉初公開・特別展『あの人に会える!清方の代表作《築地明石町》三部作』(2025年10月25日~11月30日)

 展覧会のタイトルどおり、清方の代表作『築地明石町』『新富町』『浜町河岸』三部作を展示するもの。併せて、三部作の下絵や関連資料がたくさん出ていて興味深かった。『築地明石町』は、1975年に公開されて以降、所在不明となっていたが、2019年に44年ぶりに発見され、2022年に国立近代美術館の『鏑木清方展』で公開された。

 パネルの解説を読んだら、実は本作の「所在不明」時期は2回あり、最初は1936年からの19年間で、1035年10月に所蔵者が鎌倉の清方のもとを訪ねてきたので、清方は身近な人々のみでお披露目の会を開いたという。

 また本作のモデルは、江木写真店の店主・江木定男の妻、江木ませという女性だという。有名な美人だったそうで、写真がたくさん残っている(当時の雑誌『淑女画報』は女性向けのグラフ雑誌だったみたい…そういえば『婦人画報』は今でもあるな)。清方は、江木ませの美貌に、小説『魔風恋風』の登場人物・お彤(とう)のイメージを加えて『築地明石町』を創作したという。『魔風恋風』といえば、女学生の初野しか覚えていないなあ。

 という、ざまざまな関連情報を気にしつつも、この三部作は本当に美しいと思う。源流はやっぱり歌麿の美人画だろうか。私は着物の着付けが全く分からないので、『築地明石町』の女性の襟元は、ほかの二人に比べて、なぜスッキリしているんだろう、と思ったりするが、よく分からない。

 おまけ:鶴岡八幡宮の社前。先代の大銀杏が倒壊したのは2010年だったが、後継の若木もずいぶん育ってきていてうれしい。どのくらいまで見守れるかなあ。