見もの・読みもの日記

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2025年10月関西旅行:宋元仏画後期(京都国立博物館)

京都国立博物館 特別展『宋元仏画-蒼海(うみ)を越えたほとけたち』(2025年9月20日~11月16日)

 週末、1泊2日で名古屋(徳川美術館)→奈良(大和文華館、奈良博)→京都(京博、承天閣美術館)をまわってきた。順不同になるが、まずは今日見てきた京博から。この展覧会は、必ず前後期行こうと思って前売を2枚買っていたのだが、9月に見た前期が、自分的にそれほどヒットしなかったので、失敗かな?と思っていた。しかし後期のほうが面白く感じられて満足した。本展は、国内に所蔵され宋元仏画(中国の宋と元の時代に制作された仏教絵画)を集め、制作された当地の文脈に照らしながら、それぞれの特色を紹介し、その魅力に迫るもの。同時に、この貴重な絵画群を伝えてきた日本文化の国際性や包容力、多様性をあらためて見直すことを目指す。

 出品点数は170件。絵画は前後期でほぼ入れ替わっていた。前期は、仁和寺の『孔雀明王像』のような大作の名品が見どころだったが、後期は、こんなところにこんな作品が!という発見が多くて面白かった。京都をはじめ関西の寺院の所蔵品が多く、これはやっぱり東京ではできない展覧会だなと感じた。

 第1室、京博の伝・牧谿筆『遠浦帰帆図』は久しぶりに見たかな。右半分は薄墨の湖面に小さな帆影が浮かび、左半分は岸辺の樹木がやや濃い墨で描かれる。本当は軸装でなく、巻子をそろそろ開きながら鑑賞するほうが面白かったのではないかと思った。高桐院の巨大な『牡丹図』2幅、花のかたちなど細やかで写実的なのに、匂い立つように華麗。高桐院って、何度か宝物曝涼に行ったはずだと思って、むかしの記録を探ったら、少なくとも2013年には見ていた。宋元文化のしつらえ、天目茶碗や青磁や堆朱・堆黒もじっくり鑑賞し、ちょうど読み始めたばかりの加藤徹氏『後宮:宋から清末まで』の冒頭に、文治主義の宋代は「歴代の中国王朝とは違った温かさ」があり、中国人にとって「今も懐かしい時代」だという評言を思い出していた。

 2階の第1室へ。前期は仁和寺の『孔雀明王像』が展示されていた藤色の壁紙を背景に、なんだか小さい作品が掛かっていると思ったら、円形の中に結跏趺坐する観音を描いた『白衣観音像』だった。所蔵者は不明、初めて見た。手足を白衣にすっぽり包み、細身の上半身をまっすぐに起こす。かすかに微笑むような表情には温かみがある。梁楷の『出山釈迦図』『李白吟行図』はともに東博所蔵。『李白吟行図』の朱印は解説に「パクパ文字」とあったが、今、パスパ文字はそう呼ぶのかな。

 後期は、寧波の絵師・陸信忠の関連作が充実していた。奈良博の『仏涅槃図』は、いろいろ風変り(2本の七層宝樹、小さな力士2名が踊っている)なのは地域の信仰の反映ではないかと解説にあった。私は宋元仏画は寒色系のイメージがあったのだが、陸信忠系の作品は赤が目立つ。あとは緑と白。

 牧谿を中心とする墨画は、九博の『布袋図』(腹さすり布袋)の隣に、MIHOミュージアムの可憐な『善財童子図』が並んでいて笑ってしまった。振り返る善財童子の頭上に文殊菩薩の手先が浮かんでいるというのは、解説を読んでも全然見えなくて、あとで図録で確認した。そして大徳寺の牧谿筆『観音猿鶴図』が後期の最大の見どころかもしれない。白衣観音の左右に鶴と猿(テナガザルの親子)って不思議な取り合わせだが、観音の静寂に対して「猿啼」「鶴啼」という対比を示すと見られているそうだ。もっともそんな理屈が要らないほど、納得感のある3幅構成に仕上がっている。

 1階へ。道教との関係では、滋賀・宝巌寺の『北斗九星像』を見ることができてうれしい! 剣を持つ女性2人を露払いに、長い髪を後ろに垂らした白衣の7人(男性だろう)が、文官ふうの輔星・弼星を従えて降下してくる。水陸会用に制作されたのではないかという。滋賀・新知恩院の『六道図』も同様。この水陸会(すいりくえ)というキーワードは、むかし奈良博の『寧波』展で覚えた。

 そしてマニ教。大和文華館の『六道図(個人の週末論)』が出ていて嬉しかった。主尊(マニ)の左側の白衣の人物はマニ教の聖職者という説明を読んで、勝手に光明左使かな?などと妄想する。「経絵の世界」と題した平台の展示ケースの最後に『唐僧取経図冊』が何気なく並んでいて驚いた。これは下冊で、いま上冊は龍谷ミュージアムに出ていることを、9月に龍谷ミュージアムで知ったのだが、京博で見た記憶が曖昧だったのだ。ここに出ていたのか。

 十王図の見比べ(誓願寺、奈良博、静嘉堂)も楽しかった。静嘉堂文庫の『十王図』には、赤いバンダナみたいな布を頭(冠)に巻いた「使者」が登場するのだが、ほかの十王図にはいなかった。静嘉堂本は、日本に多い寧波系の十王図とは別系統と見られており、その特徴のひとつなのかもしれない。

 最終章の「日本美術と宋元仏画」もいろいろ見ごたえがあったが、足利義持の描いた『寒山図』(岡山県美)に驚いた、義持、因陀羅が好きだったそうで、マニア好み過ぎる。締めは宗達の『蓮池水禽図』だった。