〇三井記念美術館 特別展『円山応挙 革新者から巨匠へ』(2025年9月26日~11月24日)
近年、「奇想の画家」たちの評価が高まるにつれて、いくぶんその注目度が低くなっている円山応挙。しかし、写生に基づく応挙の絵は、当時の人々にとって、それまで見たこともない「視覚を再現してくれる絵」だった。本展では、応挙が「革新者」から「巨匠」になっていくさまを、重要な作品を通して紹介する。
山下裕二先生監修の展覧会は、いつも構成に念が入っていて楽しい。まず前室に伝・谷文晁筆『近世名家肖像』から応挙の肖像画、そして大小の応挙遺印23顆は同館の所蔵で、三井家と応挙の並々ならぬ関係を思わせる。
展示室1の冒頭には『元旦図』。初日の出を見守る裃姿の男の後ろ姿が描かれた珍しい作品。山下先生はこれを応挙の自画像と推定する。絵入り自筆の『子孫への教訓書』は応挙の人柄がうかがえる資料で「まこと」「ありのまま」を尊び「かざりだましは人々食わぬ物也」と述べる。丸裸の男性の後ろ姿を描いた『夕涼み図』(個人蔵かな、初見)と、盥で行水をつかう女性の後ろ姿を描いた『行水美人図』(黎明アートルーム)は、山下先生が「並べて見せたかった」とおっしゃっていたもの。私は応挙の作品で、こういう席画ふうのさらっとした墨画をあまり見たことがなかったので新鮮だった。特に男性の手に持った団扇がカボチャみたいに膨らんで見えるのは、激しく前後に揺れている様子の表現ではないかという指摘がおもしろかった。
展示室2はしめやかな『水仙図』。そして大部屋の展示室4に入ると、対角線上の正面に配置された『遊虎図襖』12面が目に入って、その絢爛豪華さに息を呑んでしまう。気を取り直して、入口側から『江口君図』『出山釈迦図』『龍門図』などを見ていくが、全くスキのないセレクション。『江口君図』は、辻惟雄先生が岡本の静嘉堂を訪ねたとき、これと渡辺華山の『芸妓図』を見せてくれて「今日は色っぽいところを取り揃えておきました」と言われたという。『龍門図』は山下先生の娘さんが、これが一番好きと言っていたんじゃなかったっけな。先日のトークイベントの記憶が、次々によみがえってきて楽しかった。
『竹雀図屏風』(静岡県立美術館)も好きな作品。奥に向かってぼんやり消えていく竹、等伯の『松林図屏風』を意識しているんじゃないかと思う。応挙の描くスズメは、やっぱり蘆雪に比べて上品。突き当りの展示ケースは、右端に『虎皮写生図屏風』。先日のトークイベントのスライドによると、虎皮の後脚としっぽの部分は、屏風の裏面にはみ出している。裏面も見えないかな、と思って近寄ってみたがダメだった。応挙は虎を虎らしく描こうと苦心しているが、目がキャッツアイなので、大きな猫に見えてしまう。毛皮には目がついてなかったからねえと辻先生が真顔でおっしゃっていた。あと、応挙の虎は脚が太すぎな感じがする(可愛いけど)。
この金刀比羅宮の襖、写真撮影可はいいんだけど、カメラを構える人が多すぎて、ゆっくり最前列で見ることができない。後期は朝イチに行って、この作品を重点的に見ようと思った。その隣が『雪松図屏風』。むかしは全く面白さが分からない作品だったが、最近、徐々に見直しつつある。自分に見えているものを「二次元の中に再現する度合」が革新的にすごいんだな。
展示室5には渡辺始興の『鳥類真写図巻』とそれを模写した応挙の写生帖など。始興の図巻がまたすごい。筆と絵具で、どうしてここまで自然に肉薄できるのか。『鼬図』は、イタチのさまざまな表情が写し取られていて、怒った顔が「カワイイ」と大人気だが、牙と爪の鋭さが怖い(イタチといえばノロイだものな…)。展示室6は『青楓瀑布図』1幅を楽しむ趣向。展示空間の狭さが逆に楽しい。
展示室7は、冒頭の『風雪三顧図襖』(白鶴美術館)が、けっこう気に入ってしまった。右端の瀟洒な住まいが、まさか孔明の草庵とは思えず、視線を左に流していくと、古代中国ふうの三人の武人の姿が目に入って、そういうことか!と納得する。『竹林七賢図』は、蕭白や雪村などの作品を思い浮かべつつ、いかにも応挙の描く七賢だなあ(典雅で品がある)と思った。
この展覧会、最後まで盛りだくさんで、みなさんお楽しみの応挙・若冲合作屏風『梅鯉図』『竹鶏図』の登場だというのに、その左右は、応挙の仔犬や白狐やウサギの絵で隙間なく埋まっていた。大阪中之島美術館の展覧会とは、えらく扱いに差があって笑ってしまった。しかし大阪中之島美術館より屏風の設置位置が低いのと、展示ケースの奥行きが薄いために、作品に接近して鑑賞できるのは嬉しかった。若冲のニワトリの尾羽の弾けるような墨色、応挙の鯉のウロコ、梅の花などの繊細な美しさにゾクゾクした。
大満足で、だらしなくニヤニヤしていたところ、隣の『白狐図』に衝撃を受ける。清楚で神々しい白狐の姿に一目惚れしてしまう作品。あと、サルを描いた『雪中残柿猿図』と『藤に猿図』も記録にとどめておきたい。後者は「そこ座れるの?」というキャプションに吹いてしまった。