見もの・読みもの日記

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新しい読みもの中国史/後宮(加藤徹)

〇加藤徹『後宮:殷から唐・五代十国まで』(角川新書) KADOKAWA、2025

 「後宮とは何か」と題した40ページほどの序章では、中国の後宮の特異性がざっくり語られている。後宮は皇帝の世継ぎを安定的に供給するシステムである。そのために女性の貞操と妊娠は徹底的に管理された。ちなみに、ヨーロッパには後宮はなかった。後段の章の記述によれば、ヨーロッパの王室は、建前は一夫一婦制だったので、愛人の子はしょせん庶子で、国王の後継者にはなれなかった。そのかわり、正妻たる后が産める嫡子の数にな限りがあるので、女子も王位を継承できるシステムがあったという。なるほど。思わぬ理屈がつながって、びっくりしてしまった。

 東アジアの後宮は儒教的な妻妾制のため「借り腹」で生まれた庶子にも王位継承権があり、お家断絶のリスクは減るが、トラブルも生まれやすい。逆にイスラム圏では「腹は借り物」意識が徹底していたので、ハレムの女性たちは、王の妻妾ではなく外国出身の奴隷だったというのもおもしろい。

 後宮という存在の根拠には「祭祀血食」という中国人の伝統的な信仰がある。子孫がいけにえの動物を供えて先祖の霊を祭ることが何よりも大切なのだ。子孫による祭りが絶えてしまうと、霊魂は飢えて苦しみ、現世の人間に祟りを為す。そのため古代中国では、戦争で負けた国も、先祖の祭祀血食を続けるための最低限の領地と人員は残してもらえた。ただし本書を読んでいくと、この美風は春秋時代までで、戦国時代(紀元前5世紀~)にはもう絶滅戦争が当たり前になってしまう。

 というような一般論をときどき挟みつつ、本書は神話時代から時系列順に、後宮にまつわる物語を語っていく。後宮にまつわる物語とは、すなわち皇帝の物語であり、歴代王朝の栄枯盛衰に直結している。殷の最後の君主・紂王と妲己、西周の幽王と褒姒(烽火を見て笑った)など、むかし好きだった物語を久しぶりに読んで、わくわくした。史学や考古学で実証的に裏付けられた古代史もよいが、私の場合、子供の頃に、こういう「お話」に触れたことが、中国史の魅力の入り口になったと思う。

 漢の呂后や武帝に衛子夫(衛皇后)をあてがった平陽公主の話は、もう少し大人になってから(高校生くらい?)読んだだろうか。本書は唐・五代十国までをカバーするので、玄宗と楊貴妃の物語もなつかしく読んだ。

 一方で、むかしはほとんどイメージが湧かなかった大分裂時代、五胡十六国と南北朝時代については、最近、徐々に関心と親しみを感じるようになってきた。本書では「北族」と呼ばれる、モンゴル高原とその周辺で遊牧生活を送る諸民族は、漢族とは異なる文化を持っており(その一例がレビラト婚)、いろいろな軋轢や悲劇を生みながら、文化が融合していく姿が興味深い。5回廃位され、6回皇后に返り咲いた羊献容(西晋→前趙)とか、最後は娼婦になった(仕事を楽しんだ?)北斉の胡皇后とか、すさまじい話が伝わっていて呆然とする。

 こういう読みもの中国史の書き手といえば、私は陳舜臣氏を思い出す。著者も陳舜臣『中国の歴史』を座右に置いていた、と「参考文献一覧」の冒頭に書いていて、うれしかった。続編『後宮 宋から清末まで』は10月刊行とのこと。読みものとはいえ、中国史を古代から清末でカバーしてしまうのは、なかなかの胆力だと思う。