〇 国立文楽劇場 令和7年爽秋文楽特別公演 第2部・第3部(2025年9月20日、14:00~・18:00~)
例年のスケジュールだと9月は東京公演なのだが、今年は「大阪・関西万博開催記念」ということで、9月6日~10月14日まで長期にわたり、大阪で文楽公演が打たれている。しかも人気の『心中天網島』と『曽根崎心中』が見られると分かったので、週末、見に行ってきた。
・第2部『心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)・北新地河庄の段/天満紙屋内の段/大和屋の段/道行名残の橋づくし』
『網島』は2019年に見て以来なので、かなり久しぶりだ。自分のブログを検索して、前回は大和屋が咲太夫さんだったか、と懐かしく思い出した。名作と分かっていても、治兵衛が絵に描いたようなダメ男でイライラする。これに対して、大人の器量を見せる遊女の小春。治兵衛の兄の孫右衛門は、治兵衛と人格の出来が違いすぎないか。相当、歳の差がある設定なのだろうか。人形は、治兵衛を玉男、孫右衛門を和生、小春を勘彌。勘彌さん、これまであまり注目したことがなかったのだけど、セリフのないところでも繊細な所作を見せる小春がとてもよかった。
床は、千歳太夫・富助、呂勢太夫・清治、亘太夫・團吾、藤太夫・燕三と安定のリレーで文句なし。ただ、道行はちょっと配役が弱い気がした。最後、治兵衛は小春を脇差で刺した後、自分は首を括るのね。刀では自害できない気の弱さの表現なのだろうか。
・第3部『曽根崎心中(そねざきしんじゅう)・生玉社前の段/天満屋の段/天神森の段』
『曽根崎』は2023年4月の公演以来。このときのブログに過去の鑑賞記録をまとめてみたのだが、この40年あまり、私が見てきたお初・徳兵衛は、初代吉田玉男・蓑助・桐竹勘十郎・二代目玉男の間で、ほぼ収まっている。なので、今回の徳兵衛=玉助、お初=一輔という配役は、むちゃくちゃ新鮮だった。え、人間国宝とか文化功労者のレベルでなくて、この役を演じていいの?という驚きが、正直なところ、最初はあった。しかし見ているうちにだんだん魅了された。お初徳兵衛は、ほかの心中ものの主人公たちに比べて、各段に若いカップルなので、こういう配役はありだと思う。一輔さんのお初は、むしろこれまで見てきたお初よりも大人びた落ち着きを感じた。
「天満屋」は錣太夫・宗助。錣太夫さんの語りでは九平次の憎々しさが際立っていて、心中ではなく刃傷沙汰に発展しそうな気がしてくる(笑)。「天神森」は大勢が床に並ぶが、お初に織太夫、徳兵衛に小住太夫を当てていて美声を堪能することができた。「天神森」の冒頭、「この世の名残り、世も名残り」から始まる一節は、若い頃に覚えたので、今でも自然と詞章が浮かんでくるのが嬉しい。
今回のプログラム冊子にも、当初は徳兵衛が刀を構えたところで幕となっていたが、海外公演などでは分かりにくいらしく、後年になってからお初を刺して自らも後を追う形で演じるようになった、という初代吉田玉男の芸談が紹介されている(2023年4月公演のプログラムでは、咲太夫さんが同じことを述べていた)。今回の公演も、最後は水色の反物でお互いの身体を引き寄せ、折り重なって刀で絶命する演出だった。
人気演目にもかかわらず、空席が目立っていたのは残念。しかし、そのおかげというべきか、どちらも最前列で見ることができ、久しぶりに人形遣いの表現の豊かさを堪能できた。夏の公演から、字幕アプリが導入されて、舞台上部への字幕投影がなくなってしまったのだけど、観客の反応はどうなんだろう。私は古い人間なので、以前のスタイルのほうが好きなんだけどなあ…。
1日に複数公演を見るのは、以前は東京でも大阪でもよくやっていたのだが、久しぶりだった。公演の合間にロビーのソファでお弁当をつついていると、いっぱしの文楽ファンの気分になれる。そして、大阪で第3部の公演を見て即日帰京するというのは初めての体験だった。いちおう、新大阪から新幹線で東京まで帰れるようにスケジュールが組まれているようである。我が家は東京駅から近いので、その日のうちに帰宅することができた。