見もの・読みもの日記

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運慶流強め/金沢八景みほとけ巡礼(金沢文庫)

神奈川県立金沢文庫 開館95周年特別展『金沢八景みほとけ巡礼-仏像からよみとく金沢の歴史-』(2025年9月5日~11月9日)

 神奈川県横浜市金沢区は、かつて「武蔵国六浦荘金沢」と呼ばれ、中世には都市・鎌倉の外港として栄えた。本展は、金沢の内海周辺に建立された由緒ある寺院と、そこに安置された仏像を通して、中世金沢に展開した寺院の実態や、その後の金沢八景を中心とした巡礼寺院としての位置づけなどを明らかにする。

 特別展の始まり、1階入ってすぐの展示ケースには、小さな神像が複数出ていて目を引いた。いずれもキャプションには「瀬戸・瀬戸神社」の文字。解説によれば、古代・中世においては瀬戸神社の位置した瀬戸、粟津として物資が集積した六浦が、金沢の中心地だったという。彩色のよく残る女神坐像は唐衣・裳を着け、潔斎掛帯の紐を肩越しに胸前で結んでいる。右手に宝珠を捧げ持ち、左手には剣を持っていたと推測される。これは「特別陳列」のため、図録に掲載されていなかったが、瀬戸神社のホームページを見に行ったら、写真があった。弁才天立像は、肩幅の広い堂々とした女神立像で、やはり右手に宝珠を持ち、左手は失われているが剣を持っていたかもそれない。蛇をぐるぐる巻き付けた頭部がターバンを巻いたように見える。瀬戸神社といえば欠かせない、運慶工房作の舞楽面2件(陵王面、抜頭面)ももちろん出ていた。

 2階展示室の冒頭に「金沢八景みほとけ巡礼関係地図」が掲示されていたが、新田開発や埋め立てでかなり地形が変わっているので、よく把握できない。いつか地図を持って、きちんと歩いてみようと思った。

 中世の金沢の発展に寄与したのは、金沢北条氏の別業と称名寺の創建だった。称名寺は浄土宗系の寺院として創建されたが、北条実時が西大寺の叡尊に帰依すると、真言律宗の寺院として整備され、その影響が金沢の寺院に広まった。称名寺の釈迦如来立像、観音・勢至、聖徳太子立像など、久しぶりに拝見した。金沢の仏像の代表格、龍華寺の菩薩半跏像、光明院の大威徳明王像(運慶作)もいらしていたが、珍しいところでは、典雅で愛らしい弥勒菩薩坐像(光明院)、目つきの鋭い阿弥陀如来坐像と両脇侍立像(宝樹院)に惹かれた(主尊の光背がなんだかカッコいい)。

 中世の金沢は称名寺を中心に展開したと考えられてきたが、近年の研究の進展により、金沢の内海周辺では、真言宗御室派の龍華寺の前身寺院である浄願寺や光徳寺、臨済宗建長寺派の能仁寺なども大きな影響力を持っていたことが明らかにされつつあるという。こういう新たな発見の話を聞くのは楽しい。龍華寺から多数の仏像・寺宝が出陳されていたが、解説に「前身寺院の〇〇寺伝来」と説明されているものが多かった。伊豆・河津町の林際寺から出陳の地蔵菩薩坐像は、かつて金沢の能仁寺の本尊であったことが判明しているというのも驚きだった。仏像って、けっこうな距離を移動するのである。

 ほかに気になった仏像としては、龍華寺の大日如来坐像。薬王寺(称名寺のそば)の聖観音菩薩立像も好き。全体に慶派(運慶流)を感じる仏像が多いので、東博で始まっている『運慶展』の予習または復習に見るといいのではないかと思った。